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バスタブで飼われた人魚 ②

 五年間で随分と体が鍛えられ、更にはクロシードなんてスキルで数々の体術を身につけた俺が、力加減無しで体をぶつけた。

 当然、リディアは吹き飛ばされる。

 というのに、彼女は剣を握ったまま放さなかった。


「意外だな。戦い慣れているのか?」


 警戒する。

 女だから弱いとか、男だから勝てるとか、殺し合いはそんなに単純ではない。もっとも、こっちは殺し合いなんてやりたくないのだが――。


「――戦場は初めてだ。しかし修練は積んできた」

「そういや、ミューレン家が仕えてたんだったな」

「よく知っているじゃないか」

「鍛えたのはゴルツさんか? まったく、あの怪力が女の子に何を教えたって言うのか――」


 相手は薄い剣。地位を考えれば安物を握っているはずもなく、軽くて強度の高い高質な物だろう。

 押し潰すタイプのロングソードを振り回す相手なら、避けて短剣で一刺しなんだけれど。


「パティとサラは下がっていろよ」


 一応の念押しを入れて、リディアの姿をじっくりと見る。

 決して()(れい)な身ではない。土に汚れ、砂に(まみ)れ、所々にきっと彼女の物ではない血がついている。

 こいつの手で人を殺してなきゃいいんだが……。

 そんな『お(ひと)()しの考え』がふと心に浮き出た瞬間、リディアが距離を詰めて縦に剣を打ち下ろしてきた。同時に「はあッ!」と吐き出された声で、全力を込めていることが伝わってくる。

 こっちは片手の短剣だから、両手で体重を乗せ、本気で打ち落としてくる長剣を受け止めることは難しい。その上、彼女の太刀筋は洗練され、振りが鋭い。

 相手の武器と自分の武器をしっかり見定めなければできない、的確な判断だ。

 だが――。


「くっ……」

「残念だったな。戦場に出たことのない人間に殺されるほど、柔じゃねえよ」


 左の腰からも短剣を抜き、二つをクロスさせて受け止めた。これで両手対両手だ。

 そして左から取り出した短剣は刀身の一部を(くし)状に加工してある、特殊な武器。櫛の凹凸へ彼女の剣を()()わせて、横に力を加える。

 本来の用途ではない方向へ力を加えられた薄い剣は、僅かな鈍さを混ぜた甲高い音を鳴らしながら、簡単に折れてしまう。


「ソードブレイカー……っ」

「俺が短剣を愛用するのには、幾つかの理由がある。その最たる理由が、多くの種類を持ち歩けるからだ」


 俺も最初はリディアのような薄い長剣を扱っていた。それこそ典型的な勇者や英雄のように。

 しかしクロシードで多数の特技を継承した結果、様々な加工を施した短剣を持ち歩き複数の特技を使い分ける戦い方が理に(かな)うように、変化していった。

 敵の城内で一暴れというような時にも、長い剣より振り回しやすい。


「さて。それじゃ――」


 武器を折って勝敗が決した。

 洗いざらい全部はいてもらおうか――と近寄って短剣を突き付けようとした刹那。


「はあッ!!」

「つ――ッ、獲物持ってる相手に素手かよ!」


 勝敗を決するのは常に敗者だ。

 死ぬか、諦めるか。

 勝者は敗者が決まった瞬間に発生する副産物のようなもので、主役ではない。

 俺は「仕方ねえな」と一言呟いて、彼女の細い手首を(つか)み、(ひね)りながら大きく降り下げて転ばせる。骨が折れないように自分から転がってくれる、簡単で効果的な制圧だ。

 今度は油断することなく、透かさずに短剣を喉元へ突き付けた。


「動くなよ。話を聞かなきゃならん」

「――――――――――くッ!!」


 選択肢を突き付けた覚えはなかった。まともな人間は、死と降参なら降参を選ぶ。

 だが彼女は自ら喉を切っ先にぶつけて、諦めるよりも死を選ぼうとした。

 すんでの所で切っ先を横へ()らし、どうにか致命傷を避けさせたが――。


「正気じゃねえな」


 勝ち筋はないと踏んで、早々と死のうとした。東半島の(やつ)らでも、こんな行動には出なかったのに。

 仕方なく肩腕を強引に引き、日本でも見ることのあった柔術の技『腕ひしぎ十字固め』を決める。

 動けなくさせるには適しているが、油断なく決めなければ簡単に逃げられる技だ。そして肩を脱臼させ、関節をへし折る可能性――どころか、最悪の場合は死に至らすこともある。


「パティ、誰か呼んでこい!」

「ラムルさんが近くにいるはずです」

「適任だ!」


 グニリと嫌な感触が手に伝わった。脱臼したか――? 元々柔らかいだけなら良いんだが。

 しかし早くしないと、大人しくする気のないリディアを相手ではどんどん負傷させて、もしかすると最悪の事態に至る可能性すら……。

 そう思って、圧倒的優性であるはずなのに助けを請う気持ちでパティの走って行ったほうを()()る。

 大柄な男性がこちらへ走ってきていた。


「ハヤト!」


 低く落ち着いた声。


「ラムルさん、こいつを捕縛してください」

「任せろ」


 ラムル・ダクト。

 特技は捕縛術。

 体格と腕力を活かした格闘技もかなりの腕前だが、あまり前衛へは出ない。

 彼は後衛にいて、パティを中心とした近接戦闘に向かない人間の盾となり、いつでも人質を得るために待機している。

 人を縛るという特殊な道の、スペシャリスト。

 本人は自らを『緊縛師』と名乗っている。

 会得理由は、まあ、女性への、その………………マニアックなプレイだ。この国がおかしいことにもっと早く気付くべきだったなーっ!


「やめろっ、放せ!!」


 抵抗するリディアを、まるで手のひらの上で転がすかの如く『安全に』『ほどよい締め付け感で』『一分の隙も無く』縛っていく。その所作はもはや美しくすらある。


「肩を痛めているのか?」

「ふぐぅ! う――――ぐっ!」

「落ち着け。息もできるし喋ることもできる程度に緩めてある」


 舌を()()らせないために縄を()ませることも怠らない。だがそこにも、配慮があった。


「しかし、まさか王族令嬢を縛り上げる日が来るとはな――。生き延びた甲斐(かい)があるってもんだ」

「その割には淡々としていますね」

「あと十年()ってりゃな。十代はちょっと子供過ぎる」

「ラムルさんにロリの気がなくて良かったです……」


 二十一歳にとって十九歳は全くロリではないのだが、彼はそろそろ四十を迎えるはずだ。娘の年齢でもおかしくない相手には、そういう感覚になるのかもしれない。

 それに以前、


『熟さないまま食うぐらいなら、縛って()って熟すのを待つほうがマシだ』


 という謎の名言を放っていたこともある。扱いが果物みたいで怖い。

 しかしまあ、俺も年上というか強い女性を好むから、将来は十九歳なんてお子様だと思うようになるのだろうか。


「なあハヤト。いつものようにやっていいんだよな?」

「情報を吐くぐらいなら死ぬ覚悟をしているみたいなので、仕方がないです」

「そうか。――いいシチュエーションだ」


 彼(いわ)く、緊縛プレイというものは『縄でお互いの心が(つな)がる』ものらしい。

 知りたくない世界だ。

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