バスタブで飼われた人魚 ①
ドラゴンの背中に乗って、空から状況を観察する。
教皇を殺されたことに反発した信者と、大陸制覇を成し遂げた主力部隊である第一師団が戦闘中。
だが事情がわからないことには、どうにも動きづらい。
元々、彼らが殺し合う理由はないのだから。なぜこうなったのかを知る必要がある。
――とりあえずは、サラの存在をどうするか、だ。
「中央の連中は召喚騒ぎを見ているからな。いっそビビらせたほうがいいか」
そう呟いて、サラへ「低空飛行で頼む」と伝える。
するとサラは一度首を下げて合図をして、そのまま飛行高度をググッと下げていった。
戦闘中の男が存在に気付いて、こちらを指差してくる。
「おおぉおいぃっ、ド、ドラゴンが出たぞぉ!!」
「くそっ、やっぱり出てきたか――。急いで後方部隊へ伝えろ!!」
うーん。少し驚きが足りないかな。
それに『やっぱり』って、まるで想定の範囲内のような台詞だ。
ただ、定期的にツタを焼き払うバイトへ勤しんでいたこともあって、俺がドラゴンを飼っているという話はとっくに城下を巡っていた。第一師団と戦っていると言うことは俺がサラを引き連れて現れると、予測できていたということかな。
単なる烏合の衆とは考えない方が良さそうだ。
「ハヤトさん!」
「おー、パティ。無事……じゃねえな」
「……はい、お互いに」
「悪い。死にかけた」
魔法でダメージを均等分割したパティの腕や足は、包帯でグルグルに巻かれている。
元々直接戦闘を得意とせず、魔法による後方支援と賢者の頭脳を活かした指揮官として動く彼女だが、負傷した姿はまるで前線を命からがら生き延びた兵のようだ。
サラを着地させて、背中から降りる。
瞬間、多数の矢が飛んできて俺は咄嗟に、パティの腕を引きサラの陰に隠れた。
「連中、ドラゴンを相手に全く臆していないんだが。どうなってる?」
「神様を味方に付けてしまいましたから」
「まあ宗教なんてそんなもんだが……。東の連中が厄介だったのと、理屈は同じってことか」
「あ、いえ――」
サラを盾にし続けるわけにはいかない。
「それより陣地はどこだ? 安全圏が欲しい」
「ありませんよそんなもの!」
「まあ準備して戦ってるわけでもねえしな」
場所も開けているし、こういう状況というのは多勢に無勢が当然となってしまう。
第一師団は少数精鋭だから、もっと局所的な戦い方を好んできたのだが……。
「――で、じゃあなんで無事だった? 矢が飛んでくるだろ」
パティが生きていられることにも、理由はあるのだろう。
「定期的に光を屈折させて、遠距離部隊を無効化しています。遠くから的を絞るのは不可能です」
「蜃気楼みたいな感じか」
アランさんが使っていた魔法と似ているな。
となると、サラが的になってしまったのは――。
「この大きさを隠すのは無理か」
「はいっ」
「よっしゃ。サラ、矢が飛んでこなくなった合間を見て、人間に戻ってくれ」
グルルッ、と唸るような返事をしてきた。固い鱗に守られてどう見ても人間より丈夫とは言え、矢が刺されば痛いだろうに……。
だがそんな気遣いが戦場に無用であることを証明するかの如く、俺の後ろからスッと影が伸びた。
パティが「後ろっ」と叫んだ瞬間、すでに右腰から抜き出していた愛用の短剣がギィンッと鈍い音を鳴らして敵の剣を止める。叫んだあとに気付いていたら遅かった。
「……お前、剣なんて扱えるのかよ」
「ドラゴンのいる場所にパティがいると思ったら、まさかあなたが――」
お互いの剣が拮抗している隙に、間合いを詰めてドンッと体ごとぶつけ、軽い彼女を弾き飛ばす。
女の子に暴力を振るうなんて嫌なんだけれど、この状況ではどうしようもない。
「パティだけなら殺せると踏んだらしいが、残念だったな。人質に取らせてもらうぞ、――リディア!」
貴族すら向かわない戦場の最前線に、王族がいる。
信者が戦うのを止めに出たはずの次期教皇が、剣を握って、同じ時間を過ごしたはずの『友人』を殺しにやってきた。
それどころか俺に対しては、明らかな殺意を持って剣を振ってきている。
――問い詰めるには十分な理由だろう。




