リル③ スキル磨き
リルがしばらく生活する部屋の前に訪れて、三回ドアをノックした。
さすが王族令嬢様、少し離れたところからではあるけれど、きっちり通路を見渡す角度で二人の兵士が見張っている。
「――誰?」
「俺、ハヤトだ。開けてくれ」
中からバタンバタンと物音が鳴り、しばらくするとシンと静まってゆっくり扉が開いた。
「……何か用?」
「凄い音がしてたけど、お前一人なのか?」
「一人よ」
少し背伸びをして、彼女の頭の上から後ろの様子を見遣る。
「ちょっ、勝手に見ないでよ!」
造りそのものは俺の部屋と大差ないように見える。というか、うり二つだ。しかし幾つもの衣装鞄が床に取り散らかっている。
かと言って服がひっちゃかめっちゃかに置かれているとか、そういうことはない。
ただ、服の代わりに何故か、鍋や包丁といった調理道具が散見できた。
「お前、料理するのか?」
「ああ、もう……見ちゃってるし…………」
「勝手に見たのは悪かったよ」
両手を顔の高さに上げて、もう見ないから、と身振り付きで伝える。
「にしても、王族が料理……か。自分でやらなくても、誰かがやってくれるんじゃないのか?」
「養成学校では必須スキルなのよ」
「なんで?」
「誰かさんが『女の子の手料理が食べたい』とか、我が儘を言ったんじゃないのかしら」
リルはジト目で俺のことを見る。
まあ、うん。確かに言った覚えがある。
肉じゃが作ってくれたら嬉しいとか。
味噌汁の一つぐらいはせめて、とか。
この世界の料理も悪くはないけれど全体的に獣臭くて困る。故郷の味が懐かしくなるのは当然だ。味噌と醤油の香りが酷く懐かしい。
しかし中世西洋風世界に味噌なんてものがあるわけないし、俺が味噌の造り方を知っているわけもない。
大体あれ、発酵食品だから時間がかかるだろう。醤油も同様だ。
「謎の料理ばっかりオーダーされる身にもなりなさい!」
可愛らしく腰に手を当てて軽く覗き込むように、ビッと人差し指を立てられた。
くそぅ、めっちゃ可愛いやんけ。
「いやいや、日本に行ったら普通だっての。そういう目的の学校なんだから仕方ないだろ」
「この国では謎なのよ! ミノとかショウフとかキリンとか」
「ホルモンと水商売と動物になってんぞ。味噌、醤油、味醂だ」
「存在しないもので作る料理の訓練なんて、完全なカオスだったんだからね!」
だろうな。
俺だって何度も再現を試みたが全戦全敗だ。やはりその土地のものはその土地の料理が一番合う。
しかし俺は、まさかそこまでガチで取り組んでるとも思わず、気軽に口に出してしまっていた。
『日本にはこんな料理があってな』
『こんな感じで作るんだけど』
『これがまた旨いんだ』
……というような言葉を御用聞きのような人間に言うことで故郷を懐かしんで、寂しさを発散したんだ。
「――にしても、王族なのに驕らずしっかり料理を覚えるなんて、リルって結構努力家なんだな」
「そ、そんなことない……わよっ」
おっと、グイーンと好感度が上がった。この瞬間が気持ちいーっ。人に好かれるのが目に見えてわかる瞬間ってとんでもない快楽だ。
上がり分は十パーセントぐらいかな。
努力家認定が効くと覚えておこう。
人間は行動を認めてもらいたいもので、それが時間や労力を費やしたものなら尚更となる。
「一度食ってみたいよ」
「……この国の料理しか、まともに作れないわよ?」
「もちろん。俺だってこの国の料理は好きだ。……日本の料理を無理矢理作らされてるなんて、知らなかったんだよ。ごめん。悪かった」
あとはまあ、素直に非を認めて謝ることも好感度アップには大切だ。
本音を言えば『お前の祖父ちゃんが無理矢理強制召喚したことがそもそもの原因だ』という気持ちもあるが、ここでそれを出してはならない。
……本当に、彼女に罪はないだろうし。
「ふんっ。何よ今さら…………。わかればいいのよ」
言葉は強気だが表情は違う。
どう振舞って良いのかわからない……といったところか。
「いつか食わせてくれよ。――と、それにしても身の回りの世話とか、誰かがやってくれないのか?」
「私は王族と言っても、妾の子だから……。あまりよく思われていないのよ。それに私の世話をするってことは、侍女にとっては自らの位の低さを物語るわ。罰ゲームやらされてるみたいに嫌々傍にいられるぐらいなら、自分で全部やった方がマシってこと」
妾の子……ね。
どうやら彼女が王族でありながらヒロイン養成学校に入学した理由は、その辺りにありそうだな。
好感度五十パーセント弱。
今の関係で直接詳細を聞き出すのは時期尚早か。
内情を打ち明けてくれただけでも儲け物だろう。
「そっか。じゃあ俺に手伝えることがあったら、何でも言ってくれよ」
「え……?」
「俺には王族とか妾の子とか、関係ないからな。どうせ隣に住んでるんだ。協力し合ったほうがいいだろ?」
「そりゃっ、……そう、ね。……うん。じゃあ、困ったらお願いする」
「おう」
嬉しそうにはにかまれると、さすがにドキッとしてしまうな。可愛さなら文句の付けようが無いんだから、仕方ないか。
そして、努力家というところは本心から認めたい。
カオスな料理要求にだって、本気で応えようとしたからこんなに不満が出るのだろう。
……ほんと、こいつがネトラレ願望なんて持っていなければ、何の問題もなかったのに。
「あのっ」
「どうした?」
「騒がしくて、ごめんね」
俺は一言「気にするな」と言って、慣れ親しんだ営業スマイルを顔に貼りつけ、彼女の前から去った。
思わず欠伸が出る。
リルとの会話が退屈だったわけではない。
単純に今日の予定が狂いに狂って、挙げ句、日本への帰還が一気に遠退いたから精神的な疲労が大きい。
しかしまあ、これで今日のところはリルとマノンの好感度を理由に死ぬようなことはないだろう。
夜はゆっくり寝られそうだ。




