9.七転び八起きして、また転ぶ
・前回のあらすじです。
『主人公が、実験台になる』
・今回の大枠です。
『魔法の実験の、結果の話です』
魔法陣のなかで、触媒が浮上する。
黒い物体は、完全な白に変色していた。
実験に使用した媒介物は、はじめ、指の先に置けるほど、小さな球体だった。
それが今は、純白の光沢をまとって、河原の石ほどの大きさに認識できる。
ただ、目のまえの物体は、不純物を排斥するようにまっ白で、無骨を忌むように角を失った、真円だった。
白い石が、自ら光を放ち、火花を散らす。
「おい、永城――」
和泉は手をあげた。
実験中止の合図だ。
触媒は、魔法と反応するだけなら、ただ強く輝くのみである。
目のまえの石は、電流の尾を飛ばしている。
青白いスパークは収まらず、時間の経過にともない、激しさと数量を増す。
空気の爆ぜる音が、夜気を突く。
和泉の周りから、ふっと景色が失せた。
魔法陣の外側にいた弟子も、広がっていた夜の高原も、今は見えない。
ただ暗闇だけがあった。
義眼の不調を疑ったが、彼はすぐに、その可能性を否定した。
自分の手足は、視認できる。
全身を、浮上する感覚がつつむ。
それを最後に、和泉は消えた。
・・・・・・
魔法陣のなかで師が消えたのを、永城は『失敗』だと直感した。
存在の次元をずらすという実験の性質上、被験者である和泉が見えなくなるのは、成果として、正しいものであるはずだった。
だが、永城が事前におこなった模型での実験では、対象物は、魔法が発動したのち、パッと潔く不可視化した。
和泉の消えかたは、まるで、足元からバラバラになっていくかのようだった。
永城は、触媒を見た。
魔法の図形の中央で、白い石は、発光をつづけている。
鮮烈な輝きのなかで、その色を白から黄色、赤へと変えていく。
永城は、魔法陣から後ずさった。
彼は和泉が危険信号を発した時に、術を中断していた。
だが依然として、ちからは働きつづけている。
「や、やばいな……」
永城の目に、焦燥が浮かんでいた。
新魔法の実験で、触媒が暴走めいた反応を示すという状況に、彼は未だ、出くわしたことがなかった。
失敗はいつだって、魔法の側に起こっていた。
形而上の存在への魔力と、命令の補完を役目とする触媒は、精霊や、悪魔のちからを過ぎたかたちで具現化させることはあっても、自らに大きな変化を来たすことはない。
魔法が意図せぬ結果に終わったとしても、反応後の媒介物は、もとのすがたにもどるのが常だった。
灼熱の色に発光した石が、弾け飛ぶ。
夜空を、赤い光がつらぬいた。
爆風が、地面をさらう。
轟音が、夜気に反響する。
砂礫が、嵐となって吹き荒れる。
「……うわぁ」
法衣の袖から、永城は顔をあげた。
土煙の向こうに、大きな裂け目ができている。
空間にぽかりとあいた、縦長の洞。
大人が一人分通れそうな、幅のある亀裂の内側は、赤と黒の、斑な空気に満ちていた。
永城の脳裏に【迷宮】という言葉が過ぎる。
彼自身は立ち入ったことがなかったが、友人から、どんな場所かを聞いたことはあった。
亀裂の向こうの淀んだ空は、その魔術師から教えてもらった様子に、よく似ている。
(和泉先生のこともあるし、とりあえず、学長……)
永城は、屋敷に足を踏み出した。
歩みは、一歩目で止まる。
(学長……は、おっかないから、アカンとして。ほかの人んとこに行こか)
くるり。と回れ右をして、永城は飛翔の呪文を唱えた。
彼は、教授や準教授らの住まう建物を目指す。
風の音が鳴った。
※いくつかの表現を、修正しました。
次回は、主人公は出てきません。他のキャラクター・サイドの話になります。
読んでいただき、ありがとうございました。