74.十字架
・前回のあらすじです。:『主人公の和泉が、賢くなる』
・今回の大枠です。:(※構成上の都合により、展開がすこし飛びます。)『和泉が魔女の家に、帰ってきます』
【学院】は、夕方を迎えていた。迷宮の入り口を保管する地下室に、オレンジの斜陽は届かない。
異界へと運ぶ赤い球体、【ポーター】を保存する魔法陣を、葵はながめていた。
魔法円のなかに光が起こり、人影が立つ。黒い法衣を着た、白い髪の、若い魔術師だった。
「茜はいた? 和泉先生」
葵は魔術師に近づいた。和泉は、自分の頭を掻く。
「はい。いちおう……つれて帰って、きました」
地下六十六層で会ったのは、茜の魂である。和泉は彼女と会話をしたあと、葵からもらった【魔鉱石】のひとつに移して、ポケットに入れていた。
「あとは、身体のほうにもどすだけです」
和泉は、暗い部屋をぐるっと見た。階上へつづく扉が、古風なランプに照らされている。
「箔先生は?」
葵と共に離脱した老魔術師は、いなかった。
「帰ったわ。無駄な努力は嫌いだから、彼」
和泉は、箔の追走や、待ちぶせを危惧していた。
葵は手のひらを和泉に向ける。それは、妹の魂をよこせという合図だった。
「あの、櫻のところに、行くんですよね」
和泉は魔女から一歩遠ざかった。茜の肉体には、五年ものあいだ、ずっと、櫻 比奈子という少女がのりうつっていた。彼女を排し、茜の身体に本人の魂を返して、はじめて和泉の念願は達成される。
それは、葵も同じである。
「オレが、行きますんで」
葵は眉をひそめた。冷たい眼が、和泉を射すくめる。
「学長は、……だって、後悔をしてるんでしょう? その、櫻のことを……」
「後悔?」
葵はつぶやいた。部屋は、温度をなくしていった。屋敷の外で、日がゆっくりと、没していく。
「……たまに、思い返すことなら、あるわね」
魔女の頬が、なつかしいものを仰ぐように、背いた。
「どうして私は、『見捨てて』なんて、ひどいことを言えたんだろうって」
魔女は、手を下ろさなかった。比奈子への終止符を求めて、和泉に突きつけたままだった。そうやって、地獄への切符を集めているみたいだった。
和泉は、葵の手を払った。
「行ってきます」
彼女の脇をすりぬけて、走り出す。比奈子のもとへ向かう。
・読んでいただき、ありがとうございました。