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鉄と真鍮でできた指環 《1》 ~学院の賢者~  作者: とり
 【本編】第1幕 魔法の世界
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8.俎上(そじょう)の魚



   ・前回ぜんかいのあらすじです。

   『主人公しゅじんこうが弟子へのおつかいをませる』


 ・今回の大枠おおわくです。

 『主人公しゅじんこうと弟子が、実験じっけんをするはなしです』









 学院長(がくいんちょう)の屋敷への道すがら、永城(ながしろ)は、和泉(いずみ)に言った。


じつはここだけの話し、オレはすごーい魔法(まほう)を発明した」

「そりゃすごい。前は千里眼(せんりがん)だったな。そのまえは透視(とうし)だったか」


 永城ながしろは、和泉の弟子(でし)である。

 彼の実験を手伝うことが、師匠(ししょう)の和泉は、ままあった。

 いま言ったのはその一例(いちれい)である。


「せや。ほんで、学長(がくちょう)センセんちのぞ()しようって思ったけど、失敗はするわ、ことごとくバレるわで怒られてんな」

(おも)にオレだけがな」


 和泉は方眉(かたまゆ)をぴくつかせてつけたした。


 永城の研究(けんきゅう)には何度もつきあってきた。

 そしてその回数だけ、尻拭しりぬぐいをやってきた。


 許可(きょか)のない場所での実験は、処罰(しょばつ)の対象になる。

 その(せき)は、永城(ながしろ)監督役(かんとくやく)であり、現場での魔法の実施(じっし)を許可した教員(きょういん)である、和泉が負う。

 人情のある叱咤(しった)なら、和泉(いずみ)も一瞬しょんぼりするだけで済んだ。

 しかし、学院長(がくいんちょう)叱責(しっせき)は事務的だ。

 彼女は始末書(しまつしょ)反省文(はんせいぶん)を介してのみ、人の謝罪を()(はか)る。


 学院長の(とが)めを受けるのは怖い。


 だが、永城の手伝いをやめるわけにはいかない。


 永城のような発想力(はっそうりょく)や、行動力(こうどうりょく)を和泉は持たないが、自分の弟子が、学生(がくせい)に留めておくにはもったいない逸材(いつざい)であることは、ほかの誰よりも知っている自負(じふ)はあった。

 もしかしたら、長年(ながねん)閉ざされていた、【迷宮(めいきゅう)】への通路をあける(じゅつ)も見つかるかもしれないと、期待(きたい)を寄せるくらいに。


 成績不振(せいせきふしん)から退学に追いこまれていた永城を、和泉が自分の監督下(かんとくか)に置いて、学院(がくいん)に引き()めた理由はそれだった。


 迷宮のなかに閉じ込められた、【賢者(けんじゃ)】の(たましい)を探し出し、学院につれもどす。


 それが、和泉の目下(もっか)の目的である。


 迷宮の入り口は、現在閉ざされていた。

 原因は不明(ふめい)で、教授(きょうじゅ)から講師(こうし)研究所(けんきゅうじょ)の所員が、定期的な会合(かいごう)をひらいているにもかかわらず、解決の糸口(いとぐち)は見つかっていない。


 永城ながしろ事情(じじょう)を話せば、協力(きょうりょく)をしてくれるのかもしれない。

 しかし、賢者の状態については、秘匿(ひとく)すべき理由があり、秘密を語るには、この男はくちが軽すぎる。


 和泉(いずみ)は長い目で弟子を見る。

 いつか光明(こうみょう)を得るために、彼の研究には、無条件(むじょうけん)協力(きょうりょく)をする。


 そう心に決めていた。


「まあまあ、そう怖い顔しなさんなや、せんせー」


 永城は両手(りょうて)をパタパタさせて、(みっ)つ年下の()に言った。


尻拭しりぬぐいのための、センセーやん。今回もそのへん頼むで。失敗した時はもちろん、成功(せいこう)した時もな」


 かるく永城は師匠(ししょう)の肩をたたく。和泉は盛大(せいだい)にため(いき)をする。


「で……今日の趣向(しゅこう)は、なんなんだよ」

「へへ。ずばり、透明人間(とうめいにんげん)になってみようっていう(おもむき)や」

「透明人間?」


 あるきながら、和泉(いずみ)は問う。


透明とうめい人間って、光の反射(はんしゃ)で見えなくする術か? 中等部(ちゅうとうぶ)で習ったやつ」


 光の屈折(くっせつ)を操作して、任意(にんい)の対象を不可視にする魔法(まほう)はすでにあった。

 学院(がくいん)の中等部で(おさ)める実技科目(じつぎかもく)であり、理工系に(うと)い生徒は、試験日(しけんび)に大抵、()きを見る。


 それでも、まじめに授業(じゅぎょう)を聞いていれば、及第点(きゅうだいてん)の完成を見込める、魔術(まじゅつ)としては十分(じゅうぶん)、学生の時分(じぶん)習得可能(しゅうとくかのう)なレベルの技だった。


 永城(ながしろ)は、ちちちと(ゆび)を振る。


「じゃなくて、自分の存在軸(そんざいじく)をずらして、見えへんくなるだけやなくて、世界に干渉(かんしょう)できなくしましょうって術や。座標(ざひょう)Z(ゼット)軸をいじる感じ。(かべ)とかも、通りぬけできんねんで」


「けっこう危険だな」


 和泉は足を止めた。

 ふたりの前には、学院長(がくいんちょう)屋敷(やしき)がある。

 賢者けんじゃの家よりも、ひとまわり大きな屋敷は、まっ(くろ)なシルエットを夜空(よぞら)の下に置いていた。


被験者(ひけんしゃ)のほとんどが、(ひど)いすがたになったって聞いたけど……身体の中身と外がひっくりかえるとか」

「ま、成功例(せいこうれい)のない魔法ではあるわな。でも、できたとしたらステキやと思わへん? 学長先生(がくちょうせんせい)の寝顔とか着替えとか、のぞき放題や。しかも、すぐそばで」


 架空(かくう)のお(はな)を全身から飛ばして、(えつ)にはいる永城に、和泉(いずみ)愕然がくぜんとした。


 この男――永城 壮馬(そうま)は、学院の(おさ)をつとめる魔女(まじょ)の、熱狂的(ねっきょうてき)なファンである。

 魔女と永城は、どちらも【(おもて)】の世界の出身で、住んでいた家も隣同士(となりどうし)幼馴染(おさななじみ)だった。

 学院がくいんに入る以前から知り合いという関係は、【表】の出身者(しゅっしんしゃ)ではめずらしい。

 彼女とは結婚(けっこん)の約束までした(なか)というのは、永城の(べん)

 そしてそのすべては、ふたりが幼稚園児(ようちえんじ)だったころの話しである。


 和泉(いずみ)は話題をもどす。


「で。おまえはまた、のぞき()なんてしょーもない目的のために、次元移動(じげんいどう)の魔法を試してみたいってわけだ。静物(せいぶつ)での実験は……」

「だいぶんやったよ。動物は、許可が出てへんからムリやったけど。かなり綿密(めんみつ)に調整かけたつもりではある。死んだりグロいことになったりはせぇへんよ。たぶん」


 永城(ながしろ)は、ズボンのうしろポケットから手帳(てちょう)を取り出した。


 研究室(けんきゅうしつ)や、実験用の動物の利用には、施設(しせつ)管理人(かんりにん)の許可がいる。

 学生(がくせい)申請(しんせい)が通ることは、まずなかった。

 学校側が認めた、担当(たんとう)顧問(こもん)つきの研究(けんきゅう)チームに所属していれば、学生であっても、施設の利用は比較的(ひかくてき)容易(ようい)になるのだが。


 永城はどこのチームにも(ぞく)していない。


 集団(しゅうだん)でひとつの目的を設定し、ひとつの分野(ぶんや)を追求する『チーム』は、でたらめに気の向くままにあらゆる分野に手をつける永城には、窮屈(きゅうくつ)なのだ。


 和泉(いずみ)宵闇(よいやみ)のなかに明かりを投じる。


(あかつき)()げる、にわとりの(ふえ)

 ふたりの周囲を、白い(ひかり)が包む。和泉は弟子(でし)に声をかけた。

「おおかた、研究室のほうも使わせてもらえないんだろ。言ってくれりゃあ、交渉(こうしょう)くらいしてやるのに」


 永城は目的のページを見つけ、持参(じさん)したチョークで、土の路面(ろめん)模様(もよう)を写す。


「ええねん。どーせ、どこでやったって同じやし。成功しても、短時間(たんじかん)の持続しか見込めへん。せやったら、好きなようにやるのが得策(とくさく)ってもんやろ。あと、センセーは、ほかの先生きらいやん」

「……おまえは人をよく見てるな」


 和泉(いずみ)は屋敷を見あげた。

 魔力(まりょく)のライトを受けて、うっすらと全容を現した屋敷は、ずらりと並ぶ(まど)のすべてを、鎧戸(よろいど)で閉めている。

 バルコニーのガラス戸が、唯一(ゆいいつ)、なかを望める場所だった。

 二重(にじゅう)にカーテンを下ろした部屋は、暗い。


(つーか、学長(がくちょう)って、家にいるのかな。まぁ、仮にいても、無防備(むぼうび)ってことは……ないな。絶対(ぜったい)


 和泉は頭をかかえた。

 永城(ながしろ)観察眼(かんさつがん)があるのに、考えがあまい。


 ぱん、ぱん、と手をたたく(おと)がする。


「ほな先生、魔法陣(まほうじん)のなかに入って」

(おれ)が実験台か」


 地面には、複雑な()ができあがっていた。

 幾重(いくえ)もの(えん)のなかに、三角形や四角形を(きざ)んだ、幾何学的(きかがくてき)な模様である。


 魔法陣と呼ばれるこの図形は、魔術師(まじゅつし)()んだ理論を展開したものだった。

 呪文(じゅもん)によって魔法の発動をうながすこの補助用のサークルは、魔術理論(まじゅつりろん)一連(いちれん)の『音階(おんかい)』へとまとめあげられた段階で、不要(ふよう)となる。

 暗号化(あんごうか)された論理体系(ろんりたいけい)を、魔術師は【譜面(スコア)】と呼ぶ。

 スコアは暗記と、くりかえしの訓練で魔力(まりょく)(じか)に刻み込まれる。

 そうすることで、魔法陣を省略(しょうりゃく)した、呪文(スペル)という引き金のみによる魔術の発動(はつどう)が可能だった。


 和泉(いずみ)は、永城から(くろ)(いし)をひとつ受け取った。魔法陣のまんなかに落とす。

 それから(サークル)の中心に立った。


「先生、妙なところでノリがええなぁ。まあ、安全には配慮(はいりょ)してるけど。もしあぶなくなったら中断(ちゅうだん)するから、手ぇあげるか(こえ)出してな」


 永城(ながしろ)(かた)く笑う。


 永城の実験は失敗は多いが、大事(だいじ)に至ったことはなかった。


 魔法まほうは失敗すると、爆発(ばくはつ)を起こすが、対処が早ければ、魔力(まりょく)を大気に拡散(かくさん)し、エネルギーの暴発(ぼうはつ)を防ぐことができる。


 永城はこの対処(たいしょ)がうまかった。

 人体(じんたい)に作用させる魔術は、今までにも実験があり、和泉は恐々(こわごわ)テスターをつとめたが、いずれも中途半端(ちゅうとはんぱ)な結果を得るか、小規模(しょうきぼ)な成功を得るていどで終わっていた。

 実験台に深刻(しんこく)なダメージを与える『過失(かしつ)』は、多くの魔術(まじゅつ)研究者(けんきゅうしゃ)が踏んできた(あやま)ちである。

 永城は被験者(ひけんしゃ)を優先し、成果の追及(ついきゅう)一定(いってい)の段階でよしとすることで、現在に至るまで、相手に損傷(そんしょう)を負わせるの()()けつづけてきていた。


 その実績は、和泉(いずみ)が彼に対して、俎板(まないた)(うえ)(こい)を演じるのに十分(じゅうぶん)な理由足りえた。


 だが不安(ふあん)はある。


「なんだったら、役目(やくめ)を変わったっていいんだぞ。オレが学長(がくちょう)をながめたところで、おまえの目の保養(ほよう)にはならないだろ」

「バレたら怖いやん。バレへんっていう保証(ほしょう)がほしいから、断腸(だんちょう)の思いでせんせーに行ってきてもらうねんで」

「よく言うぜ」

「ま。ヤバイことにならんようにはするから、そこは信用して」


 永城(ながしろ)はぎこちなく笑ったまま返す。

 彼はチョークをポケットにしまって立ちあがり、最後に一度(いちど)だけ、メモ(ちょう)を確認した。

 魔法陣に手をかざし、呪文(じゅもん)(とな)える。


(かげ)を映す、メビウスの(かね)


 永城ながしろ(てのひら)に光が生まれる。

 しろ(かがや)きが、路面に作った円形(えんけい)縁取(ふちど)り、刻んだ線を()っていく。


 中心(ちゅうしん)に置いた黒い物体が、白く変色(へんしょく)する。


 魔法陣まほうじんのなかで、和泉の身体は、二重(にじゅう)三重(さんじゅう)にぶれていった。


 感覚は良好(りょうこう)で、(じん)の外側の景色が、いつもより鮮やかにさえ見える。


 (はん)して、和泉(いずみ)の身体は、徐々に透明度(とうめいど)を増していった。


 実験(じっけん)は順調に進んでいた。







   ※のちの展開に、矛盾むじゅんしょうじる文章を、修正しました。

    (修正により、新たな問題もんだいが生じた場合、調整ちょうせいをかける可能性があります。)


   ・修正箇所(一部)

    誤→『和泉は触媒の瓶を取り出した。』

    訂→『和泉は永城から黒い石をひとつ受け取った。』




       んでいただき、ありがとうございました。




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