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鉄と真鍮でできた指環 《1》 ~学院の賢者~  作者: とり
 【本編】第8幕 触媒(しょくばい)
79/205

s-9.髪を切るはなし



 ・この話は、サイド・ストーリーです。:内容は、『【賢者けんじゃ】の使つかが、敵役の少女の散髪をするはなしです』(※サイド・ストーリーは、読まなくても、本編を読みすすめるのに、さしつかえはありません。)









 これは、【学院(がくいん)】の賢者(けんじゃ)史貴(しき) (あかね)が、友人の(さくら) 比奈子(ひなこ)にのっとられてから、半年ほど後の話である。



 ~~~~~~~~~~~~~~~



「う~ん、」


 比奈子(ひなこ)は寝室の鏡をのぞきこんだ。映っているのは栗色(くりいろ)(かみ)の――自分の顔ではない。史貴(しき) (あかね)の顔だ。


 金色(きんいろ)の髪。緑色(みどりいろ)の目。幼い面差(おもざ)し。服装は薄い長そでのパーカーと、ホット・パンツ。法衣(ほうえ)はなく、(かべ)のハンガーに掛けていた。 髪は長い。背中までのびて、前髪(まえがみ)は、目に掛かっている。


(やっぱり、伸びた……よね……)


 比奈子は前髪をつまんだ。溜め(いき)をつく。彼女が住んでいる【賢者(けんじゃ)】の家にいた、器用(きよう)そうな使(つか)()は、もういない。


 今年の冬に、(あかね)(あね)のもとに、引き取られていった。


(ということは、自分で切るしか……)


 比奈子(ひなこ)はしかめっつらをした。工作用のハサミを、デスクのペン()てから取ってくる。(かみ)()(よう)のハサミは、探すのに手間がかかりそうだった。屋敷は拾い。


 比奈子は、前髪にハサミの()をあてた。鏡のなかの自分と、にらめっこする。ハサミを置く。


(……こうしてみると)


 比奈子は、ササッと前髪をなおした。目元を少しだけ隠れる長さにあげて、(ひたい)の真ん中あたりに寄せる。


「わ、お姉さんそっくり」


 陰鬱(いんうつ)表情(ひょうじょう)を作ると、そこには幼いつくりの、史貴(しき) (あおい)がいた。


「って、(あかね)に言ったら怒られるんだろうけど」


 くすくす(わら)う。


「さっきから、何をひとりで百面相(ひゃくめんそう)しているので?」


「ひっ!」


 比奈子(ひなこ)は身をかえした。ドアの隙間すきまから、十代後半くらいの女性がのぞいている。チャコである。茜と契約(けいやく)()わした使い魔で、正体は小型(こがた)(いぬ)。人のすがたをとる時は、茶色(ちゃいろ)い長い髪をした細身(ほそみ)の女性で、給仕然(きゅうじぜん)とした衣装(いしょう)を身につけていた。


 (しろ)いシャツに、(あか)いハイ・ウエストのスカート。腰にはエプロンを巻いて、頭にはフリルのヘッドドレスを載せている。(むな)もとには、(くろ)いリボンが、蝶々(ちょうちょう)結びしてあった。


「あの、チャコさん……いつから……」


(さくら)さまが、前髪をいじって、『う~ん』と眉根(まゆね)を寄せているあたりくらいからですかね」


「最初っからじゃないですか」比奈子(ひなこ)は息をついた。壁に吊った鏡から離れる。「あの……今日は、どうして」


 比奈子は、上目遣いにチャコを見た。


 チャコは、(あかね)忠実(ちゅうじつ)なしもべであり、主人なしには生きていけない存在である。そして、比奈子は茜の身体をのっとり、その(たましい)安否(あんぴ)を不明にした。


 (にく)まれない道理(どうり)はない。


「……そろそろ、手入れをしたほうがいいかと思いまして」


 チャコは、エプロンから細いシルエットのハサミを()()した。


「えっと、……なにを? ですか?」


 比奈子(ひなこ)はぎこちなく笑う。使い魔の女性の右手で、ハサミがしゃきんと鳴った。


(かみ)()」 



 ~~~~~~~~~~~~~~~



 (あし)元に新聞(しんぶん)をひろげて。イスに腰かけて。ピンクの(うわ)()りをつけて。


 ちゃかちゃかと、チャコは比奈子(ひなこ)金髪(きんぱつ)()っていった。比奈子は、短くなりすぎないか、ハラハラする。


「……いつも、切ってあげてたんですか」


 沈黙が()まずくて、比奈子は()いた。(まど)からそそぐ、午前(ごぜん)日差(ひざ)しが暖かかい。季節は(はる)だった。


「いいえ。主人(しゅじん)は自分でやっていましたので」


「あ……そう、なんだ。器用なんですね、(あかね)


 チャコは薄く(わら)った。


「いえ。こう、(かぜ)魔法(まほう)で、余計なところだけを処分する感じです。まぁ、妖精(ようせい)まかせでしたね」


 比奈子は、「ずぼらだなぁ」と思った。ハサミの鳴る音だけがする。


「あの、でも、チャコさん、上手ですよね。だれかから教わったんですか?」


独学(どくがく)です。明るいだけが()()のうさぎで、練習をしました」


 部屋は、またハサミの音だけになる。今度こそ、比奈子(ひなこ)は言うことがなくなった。



 ~~~~~~~~~~~~~~~



 ――散髪(さんぱつ)は、三十分ほどで終わった。


 髪は肩より、ちょっと上の(なが)さになっていた。前髪も、目元がよく見えるくらいにカットされていた。


 チャコは()った(かみ)の落ちた新聞(しんぶん)をたたんで、捨てて、少しこぼれた(ぶん)を、ホウキで掃いた。出口(でぐち)に向かう。


 比奈子(ひなこ)は声をかけた。


「あの、ありがとうございました……」


 きれいな顔が振り向いた。


(さくら)さま」


 比奈子はぎく、と身を震わせる。なにか言われることを覚悟した。それとも、チャコは()くだろうか、と考えると、怖くなった。


「さきも言った通り、私は主人(しゅじん)(かみ)()ったことがありません。こっそりと練習をしていたにもかかわらず、です」


 比奈子はうつむいた。(あかね)(かえ)ってきて、それからは伸びたらすぐに、切らせてあげるのが良いのだろうと思った。


 しかし、そんな(はげ)ましをくちにする勇気(ゆうき)を、比奈子は持たなかった。無責任(むせきにん)同情(どうじょう)だと思った。


不謹慎ふきんしんですが……今日は(はじ)めて、あなたが主人にのりうつって良かったと(おも)いました」


 チャコは比奈子(ひなこ)を見て言った。茜の部屋から()ていく。比奈子は寝室にひとりになった。


 (かみ)()びるのが、少しだけ、楽しみになった。







 ・つぎの投稿は、本編にもどります。読んでいただき、ありがとうございました。




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