s-9.髪を切るはなし
・この話は、サイド・ストーリーです。:内容は、『【賢者】の使い魔が、敵役の少女の散髪をするはなしです』(※サイド・ストーリーは、読まなくても、本編を読みすすめるのに、さしつかえはありません。)
これは、【学院】の賢者、史貴 茜が、友人の櫻 比奈子にのっとられてから、半年ほど後の話である。
~~~~~~~~~~~~~~~
「う~ん、」
比奈子は寝室の鏡をのぞきこんだ。映っているのは栗色の髪の――自分の顔ではない。史貴 茜の顔だ。
金色の髪。緑色の目。幼い面差し。服装は薄い長そでのパーカーと、ホット・パンツ。法衣はなく、壁のハンガーに掛けていた。 髪は長い。背中までのびて、前髪は、目に掛かっている。
(やっぱり、伸びた……よね……)
比奈子は前髪をつまんだ。溜め息をつく。彼女が住んでいる【賢者】の家にいた、器用そうな使い魔は、もういない。
今年の冬に、茜の姉のもとに、引き取られていった。
(ということは、自分で切るしか……)
比奈子はしかめっつらをした。工作用のハサミを、デスクのペン立てから取ってくる。髪を切る用のハサミは、探すのに手間がかかりそうだった。屋敷は拾い。
比奈子は、前髪にハサミの刃をあてた。鏡のなかの自分と、にらめっこする。ハサミを置く。
(……こうしてみると)
比奈子は、ササッと前髪をなおした。目元を少しだけ隠れる長さにあげて、額の真ん中あたりに寄せる。
「わ、お姉さんそっくり」
陰鬱な表情を作ると、そこには幼いつくりの、史貴 葵がいた。
「って、茜に言ったら怒られるんだろうけど」
くすくす笑う。
「さっきから、何をひとりで百面相しているので?」
「ひっ!」
比奈子は身をかえした。ドアの隙間から、十代後半くらいの女性がのぞいている。チャコである。茜と契約を交わした使い魔で、正体は小型の犬。人のすがたをとる時は、茶色い長い髪をした細身の女性で、給仕然とした衣装を身につけていた。
白いシャツに、赤いハイ・ウエストのスカート。腰にはエプロンを巻いて、頭にはフリルのヘッドドレスを載せている。胸もとには、黒いリボンが、蝶々結びしてあった。
「あの、チャコさん……いつから……」
「櫻さまが、前髪をいじって、『う~ん』と眉根を寄せているあたりくらいからですかね」
「最初っからじゃないですか」比奈子は息をついた。壁に吊った鏡から離れる。「あの……今日は、どうして」
比奈子は、上目遣いにチャコを見た。
チャコは、茜の忠実なしもべであり、主人なしには生きていけない存在である。そして、比奈子は茜の身体をのっとり、その魂の安否を不明にした。
憎まれない道理はない。
「……そろそろ、手入れをしたほうがいいかと思いまして」
チャコは、エプロンから細いシルエットのハサミを取り出した。
「えっと、……なにを? ですか?」
比奈子はぎこちなく笑う。使い魔の女性の右手で、ハサミがしゃきんと鳴った。
「髪の毛」
~~~~~~~~~~~~~~~
足元に新聞をひろげて。イスに腰かけて。ピンクの上っ張りをつけて。
ちゃかちゃかと、チャコは比奈子の金髪を切っていった。比奈子は、短くなりすぎないか、ハラハラする。
「……いつも、切ってあげてたんですか」
沈黙が気まずくて、比奈子は訊いた。窓からそそぐ、午前の日差しが暖かかい。季節は春だった。
「いいえ。主人は自分でやっていましたので」
「あ……そう、なんだ。器用なんですね、茜」
チャコは薄く笑った。
「いえ。こう、風の魔法で、余計なところだけを処分する感じです。まぁ、妖精まかせでしたね」
比奈子は、「ずぼらだなぁ」と思った。ハサミの鳴る音だけがする。
「あの、でも、チャコさん、上手ですよね。だれかから教わったんですか?」
「独学です。明るいだけが取り柄のうさぎで、練習をしました」
部屋は、またハサミの音だけになる。今度こそ、比奈子は言うことがなくなった。
~~~~~~~~~~~~~~~
――散髪は、三十分ほどで終わった。
髪は肩より、ちょっと上の長さになっていた。前髪も、目元がよく見えるくらいにカットされていた。
チャコは切った髪の落ちた新聞をたたんで、捨てて、少しこぼれた分を、ホウキで掃いた。出口に向かう。
比奈子は声をかけた。
「あの、ありがとうございました……」
きれいな顔が振り向いた。
「櫻さま」
比奈子はぎく、と身を震わせる。なにか言われることを覚悟した。それとも、チャコは泣くだろうか、と考えると、怖くなった。
「さきも言った通り、私は主人の髪を切ったことがありません。こっそりと練習をしていたにもかかわらず、です」
比奈子はうつむいた。茜が帰ってきて、それからは伸びたらすぐに、切らせてあげるのが良いのだろうと思った。
しかし、そんな励ましをくちにする勇気を、比奈子は持たなかった。無責任な同情だと思った。
「不謹慎ですが……今日は初めて、あなたが主人にのりうつって良かったと思いました」
チャコは比奈子を見て言った。茜の部屋から出ていく。比奈子は寝室にひとりになった。
髪の伸びるのが、少しだけ、楽しみになった。
・つぎの投稿は、本編にもどります。読んでいただき、ありがとうございました。




