60.にせ救世主
・前回のあらすじです:『地下六十六層で、和泉たちは、ボロボロになった比奈子を発見する』
・今回の大枠です:『茜が、比奈子の魔法を受けます』
茜は、何も言わずに飛び出した。ゴーレムたちが振り返る。ぶん、と一体の怪物が、細長いものを投げつけた。少女のわきをかすめて、それは地面に跳ねる。人体の一部だった。
和泉は声をうしなった。葵はすぐ、我に返った。
「もどりなさい! 茜!」
魔力を開放し、葵は飛翔の魔法を加速する。妹に向かう。その脚を、土から突き出た手が掴んだ。
「葵さん!!」
地面から生まれる無数の人形に、和泉は全身を凍らせた。洞穴の天井は低く、怪物の頭上へ逃げることはできなかった。
葵は妹を見る。声のない魔法を使い、爆破の嵐を起こして、茜は中心へと飛んでいく。
ゴーレムは、砕けた途端に、土から再生した。葵は呪文を唱えた。一本の槍を顕現する。彼女は地面にのぞく、怪物の額を突いた。そこに刻まれた、言葉の頭文字を破壊し、人形を無力化する。
「茜! もどって! その子は、見捨てて!」
武器を振りまわし、呪文を唱えて化け物を蹴散らし、道をつくる。死と再生を繰り返し、ゴーレムたちは、葵の行く手を塞いだ。
それは、茜も同じだった。
ただ、発声から魔術の展開への時差がない分、茜のほうが、前進の度合いは速かった。ほどなく彼女は、比奈子に辿りつくだろう。
(今なら、まだ間に合う……)
和泉は、葵の法衣を放した。地上に着地し、ゴーレムのあいだをくぐって、茜に迫る。
「和泉くん!」
ゴーレムの意識は、ふたりの魔女にそそがれていた。人形の眼窩が、和泉を見下ろすまでの、わずかな時間。和泉は走った。怪物たちの足元をすり抜けて、ころがるように、少女へと突進する。
「だめだ! 茜!」
ひるがえる法衣に、手を伸ばす。指先が赤い裾をつかまえたのと、まっ白な光が破裂したのは、同時だった。
魔法の光だった。
魔術師が、死の今際に放つ呪い。標的とする人物の身体を奪い、存在をすりかえる――。
光のなかで、比奈子の無残なすがたが吹き飛んだ。膨れあがった膨大な魔力が、比奈子の魂を押し出して、茜の小さな身体を撃つ。
魔法の余波が、和泉の眼を焼いた。
彼はそこで、意識を無くした。
~~~~~~~~~~~~~~~
目を覚ました時、和泉は、なにも見えなくなっていた。
潔癖に洗浄された匂いがして、彼は、【学院】にある病棟だと見当をつけた。暗闇のなかで、葵の使い魔を名乗る声が、いろいろと説明をしてくれた。
茜が、比奈子にのっとられたこと。迷宮の入り口が閉じたこと。和泉の失明は、魔法のとばっちりをくらった結果であり、視力が元にもどることはないこと。
光の消えた世界で、和泉はただ、失望した。
茜を失ったことに。
比奈子を切り捨てた、自分に。
・読んでいただき、ありがとうございました。
(※いくつかの表現を、修正しました。)




