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鉄と真鍮でできた指環 《1》 ~学院の賢者~  作者: とり
 【本編】第6幕 十月の終わりに
51/205

45.人はパンのみにて生くるものにあらず




 ※今回は、主人公は出てきませんが、サイド・ストーリーではなく、本編の話となります。


 ※分量が、少し多めです。




 ―――――――――




 ・前回のあらすじです。

 『主人公の和泉いずみが、敵役の比奈子ひなこと共に、迷宮へ向かう』


 ・今回の大枠です。

 『大学時代の魔女、史貴しき あおいと、その友人、リョーコ・エー・ブロッケンの話です』









 【迷宮(めいきゅう)】の五層目(ごそうめ)には、魔法薬(まほうやく)に使う植物や虫が生息していた。


 湿っぽい洞窟(どうくつ)である。ごつごつとした岩肌がトンネルのような通路を()し、動物の死骸(しがい)をのんで()えた土が、神秘(しんぴ)と呪いの草を育成(いくせい)する。


「やってるやってる」


 (はしら)のような岩からリョーコ・(エー)・ブロッケンは顔を出した。赤銅色(しゃくどういろ)の髪をセミロングにした、十四才(じゅうよんさい)の少女である。(くろ)いパーカーとショートパンツ、両耳にピアスのいでたちで、生徒の略装(りゃくそう)である丈の短い(しろ)マントをつけている。生粋(きっすい)の【(うら)(がわ)生まれの魔術師(まじゅつし)で、大学部に(せき)を置く優秀な学生である。


 少女の赤い目の先には、魔術師の青年がいた。青年は耳をふさいで岩の背面(はいめん)にしゃがんでいる。かれより優に五メートルはなれた地点に、使(つか)()(おぼ)しき少年がいる。


 少年は、「えいや」と地面に()まっていた草をひっこぬいた。植物しょくぶつの悲鳴が洞内(どうない)にひびきわたり、少年は絶命(ぜつめい)した。ハトのすがたにもどって、地面に小さな(むくろ)となって落ちる。


 マンドラゴラの採取(さいしゅ)である。


 地中から引き出される際にあげる、人型(ひとがた)の根っこの絶叫は致死(ちし)呪文(じゅもん)である。効果は周辺、三メートル以内。状態じょうたいのよい呪いの草を手にいれる人身御供(ひとみごくう)に、使い魔の真価(しんか)はある。


「あれは薬学部(やくがくぶ)の人ね。(あおい)もちょっと、見てみなさいよ」


「いや」


 ブロッケンのうしろで、葵は芋虫(いもむし)をつまみあげた。捨てるみたいにして、片手に用意していたぬのぶくろにいれる。


 史貴(しき) 葵である。金色(きんいろ)の髪を背中のなかほどまでで切りそろえた、(あお)い瞳の十五才(じゅうごさい)の女の子。ブロッケンより、やや高さのある痩身(そうしん)には、(しろ)いブラウスと短いスカートをつけている。上からは、学生に支給される白い法衣(ほうえ)をまとっていた。


 彼女もまた、年少(ねんしょう)の身で大学部に所属する腕利(うでき)きだった。リョーコ・A・ブロッケンとは、幼少期からのクラスメイトであり、今も同じ教室に席をならべる仲である。


 葵はしゃがんでいた姿勢から、立ちあがった。


「のぞき見なんて、悪趣味だわ」


 ひざ()ちを、ブロッケンもまたやめた。(あし)についた土をはらう。


「参考になるのに。ひょっとしてあんたって、使い魔をあーゆー使いかたするのが、しんじられないってタイプのひと?」


 (あおい)はため息をついた。


「……おなじことをする自信があるから、つれてきてないんでしょ」


「ま、あんたんとこのウサギは、喜んでやりそうだしね」


 ブロッケンは、パーカーのポケットから袂時計(たもとどけい)を出す。


「それよっか、そろそろ帰る? だいぶん材料もあつまったし、化けもの連中も減らしたし? 先生も、オッケー出してくれると思うんだけど」


 時刻じこくは昼の三時を過ぎていた。ふたりがもぐってから、時間が経過している。葵の持つふくろのなかで、金蚕蟲(きんさんこ)の子供たちがうごめいていた。


 金蚕蟲は、成虫になると強力な(どく)を持つ、虫のばけものである。幼虫ようちゅうのあいだは毒も薄く、(くすり)の材料に使われる。


 ふたりは、後期授業の大半を欠席で過ごしたため、単位取得に必要な日数と課題の提出が足りなかった。そのため担当教諭に救済措置(きゅうさいそち)を願い出たところ、もろもろの不足を免除する交換条件として、魔法薬の素材あつめと、魔物(まもの)の駆除を言いわたされ、迷宮に来ていたのだった。


 葵は()いた。


「そうね……リョーコは、どうしたい?」


わたしは、帰るかなぁ。図書館(としょかん)いきたいし」


 (あおい)は、「じゃあ」と言って、虫のふくろをブロッケンに向けた。


「これ持って、先にもどっててちょうだい。私は……」


 ちら、と少女は青い瞳であたりを見る。うしろから来ていた学生のグループが、少女の視線とかちあうなり、目をそらして足早に通りすぎていく。


「……もうすこしだけ、駆除をつづけるわ」


 集団しゅうだんの足音が岩壁(いわかべ)の奥に消えたあたりで、葵はつけ足した。


(はく)のお気に入りだから昇級できてるって、思われたくないもの」


 箔は、ふたりの所属するクラスを担当する教授だった。学院長(がくいんちょう)という身分でもあり、彼から期待を寄せられるというのは、それだけで憧憬(しょうけい)(ねた)みを買う、社会的地位(ステータス)だった。今回の恩赦(おんしゃ)も、その男から受けたものである。


 ブロッケンは、あさっての方角をながめた。


「しっかし、こんなゆっるい罰ゲームであらゆる不祥事(ふしょうじ)看過(かんか)してもらってるってのも、また事実。いやー、今期は遊びすぎたわね」


「あ、な、た、が、」


 (あおい)は少女の(ほお)を、つねりあげた。


「『こんな天気(てんき)のいい日に、教室で年寄りの説法(せっぽう)きいてるだけなんて、(つみ)だわー』って言って、あっちこっち、つれまわすのがいけないんでしょう。……私は、出席しようって言ったのに」


社会しゃかい勉強よ、社会勉強。町でワッフルを()()いするのも、海でアベックをひやかすのも、あっちこっちを魔法(まほう)で飛んで、ゼロ泊三日の耐久旅行(たいきゅうりょこう)するのも、今後生きていくのに、必要な刺激だわ」


「どこからそんな、減らずぐちが出てくるのよ」


 葵はブロッケンから手をはなした。赤毛あかげの魔女は、虫のふくろをひったくる。


「ま、とにかく、あんまり【指環(ゆびわ)()ち】ってことで、気負(きお)いすぎんじゃないわよ。ぐちゃぐちゃ言ってくる連中なんてほっといて、ヤバイって思ったら、さっさと逃げ帰ってきなさいよね」


「……うん。ありがとう、リョーコ」


 無意識(むいしき)に、葵はスカートのポケットに手をやっていた。そこには中等部時代に、(くだん)の学院長――(はく) 時臣(ときおみ)からもらった、【ソロモンの指環(ゆびわ)】がある。


 赤毛の魔女は、ひらりと片手を振って、呪文を唱えた。洞窟から離脱(りだつ)する。


 (あおい)はひとりになった。


 いわの通路は、薄暗くて、つめたかった。






 読んでいただき、ありがとうございました。


 ※いくつかの表現を、修正しました。



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