5.理由(りゆう)
・前回のあらすじです。
『主人公が、五年まえの事件について、回想する』
・今回の大枠です。
『主人公と、敵役の対話です』
夕日は落ちかかっていた。
和泉は、茜のすがたを借りた比奈子と、対峙していた。
五年前に、彼女が小さな魔女に対しておこなった仕打ちを思えばこそ、和泉は比奈子に対して、敵意の視線しか向けることが、できなかった。
長い月日のなかで、魔女の研究室は、すっかり片付いていた。
散らかることのなくなった【賢者】の家に来るたびに、和泉は比奈子を呪い、また、子供時代の自分を恨んだ。
史貴 茜がいなくなった時、和泉は彼女のそばにいた。
比奈子を助けようと飛び出した茜を、和泉は止めようと追いかけた。
だが、遅かった。
比奈子の呪術は発動し、朽ちかけた肉体を糧にして、魔法は莫大な光を生んで、周囲の邪魔者を駆逐した。
目と髪は、魔法の影響を、つぶさに受ける。
強烈な魔力の光を浴びた和泉の髪は、黒色から白に変色し、目は焼かれて、光を失った。
ふと、和泉は視線を移す。
研究室のドアの横に、一枚の鏡が掛かっている。
そこには、白髪の、背の低い男が映っていた。
黒いフリースをつけて、上からは研究職のものに着用が義務付けられている、黒い法衣を羽織っている。
下には、ジーンズとショートブーツをはいているが、鏡は胸から上しか映さない。
白い短髪に、黄色いサングラスは、もとより気質の弱い和泉を、ことさらにひ弱な男に見せていた。
学院では、学舎を卒業したものは、十七歳であっても、十分大人としてあつかわれる。
和泉は『青年』と形容すべき若者だったが、見た目となかみを顧みれば、まだ半人前の、『少年』で通用した。
「今日はなにを盗りに来たの? また本? それとも触媒?」
比奈子は、戸の縁に寄りかかった。
和泉は目をそらす。
「なにを盗ったって、おまえほどの罪じゃない」
「比較の問題なのかな……」
比奈子はあきれて、頭を掻いた。
「まだ怒ってるの? 和泉くん」
和泉くん。と櫻 比奈子が抵抗なく苗字を呼ぶのは、ふたりがもとは同窓生だからである。
比奈子の質問に、和泉の偽りの目玉が、カッと熱を持った。
目のまえの少女を手にかければ、本物の中身がもどってくるのなら、迷いなく行動に移すことができた。
けれど、そんなことをしても、あの少女は帰ってこない。
「なあ、櫻……」
怒りは虚ろな落胆を経て、理性へと帰着した。
静かに和泉は問う。
「おまえは、なんで茜をのっとったんだ。友達じゃなかったのかよ」
和泉は、銀と水晶の並ぶケースをながめていた。
比奈子の顔は見なかった。
「欲しかったの。これが」
首にさげた指環を比奈子はかかげた。
鈍色に光る、鉄と真鍮でできた、小さなわっか。
五芒星の意匠をほどこしたそれは、和泉が持っているのと同じ、【ソロモンの指環】だった。
ソロモンの指環は、伝説に語られる、魔法の道具。
古代の王・ソロモンは、一柱の天使によって、この神秘の指環をさずかり、悪魔の軍団を使役したという。
学院にはびこる指環は、なんの魔力も持たない、まがいものだ。
本物は、魔法の世界である【裏】にも、科学の国である【表】にも、存在しない。
あるとすれば、地獄か天国である。
だが、レプリカとはいえ、和泉や比奈子が有するその金属の塊は、『権威』の名のもとに、他者を使役するちからを持つ。
この指環のちからを以てすれば、人心を左右することも、造作ないだろう。
同じ指環持ちには通用しないちからだが、大衆を制するには、十分な後ろ盾だった。
・・・・・・
比奈子の目的は、だれかに自分を認めてもらうことだった。
どれほど努力をかさねても、どれほど人に尽くしても、なにも持たない彼女を評価する人間は、いなかった。
ただ無視と、侮辱があった。
指環は、その惨めな運命を覆してくれる。
それが、比奈子の理由だった。
だが、彼女はそれを今は、誰にも言う気にはなれなかった。