37.変身
・前回のあらすじです。
『主人公の和泉は、学院の庭でヒロインの茜を振り切り、ひとり立ち去る』
・今回の大枠です。
『和泉の心理描写です。茜を拒絶する理由です』
和泉が【学院】に来たのは、茜と出会う、三か月ほどまえ――四月の初旬だった。
彼は、【表】では小学校五年生になるはずだった。国籍は日本。関東地方の出身である。
学院への召致は、唐突だった。母親といっしょにショッピング・モールで買い物をしていた折、ふっと彼は消えたのだ。
和泉は、学舎の地下に転送された。そこはいくつもの柱に支えられた、薄暗い広間だった。
当時の学院長である、壮年の男――箔 時臣が、和泉をふくむ、【表】から集めた人たちに説明をした。
いわく、不可視の境界線をはさんで、世界は【表】と【裏】に、二分されている。
【表】は魔法の使えない者たちが住む、『科学』を文明の柱とする領分。【裏】は、魔法の使える者たちの住む、『魔術』を生活の基盤とする領域である。
【裏】に転送された人間は、【表】で生まれながら、魔法の素養を得てしまった者である。彼らは素質の獲得が認められた瞬間に、魔術の最高学府たる、【学院】に送致され、高水準の魔法教育を受ける規則になっていた。
また、【裏】に来た人間は、元いた世界にもどることは叶わない。
和泉は、「帰りたい」とは思わなかった。魔法を使えるちからがあると知り、舞いあがっていた。
だらだらと流れる『日常』と別離し、新天地で技術や知識を身につけて、超人的な活躍をする。
それが、彼の期待した未来だった。
和泉は勉強に励んだ。元いた世界の遅れを取りもどすように、本を読み、字を書き、講義を聞いた。
成果は出なかった。
基本の魔法さえ、和泉は成功させることができなかった。
授業は、遅れた魔術師を残して進んでいく。それは、新入りであっても関係は無い。
教員の教え方が悪いのではないことは、同期で入った生徒が、一度の講義で魔術を習得するすがたから知った。
和泉はひとつ学習した。
元いた世界で、凡庸に生きていた人間が、べつの世界に来たところで、英雄になれるわけがない。
その事実に気づいた途端に、彼は何もかもが嫌になった。自分の家に帰りたくなった。
それができないことを思い出すと、彼は、有能な術者を『恵まれた者』として妬むようになった。
とりわけ学院で有名な、『史貴』という魔術師の姉妹は、嫌いだった。
姉のほうが『葵』で、妹のほうが、『茜』という名前だった。ふたりとも、和泉と同じように、【表】からの出身者だった。にもかかわらず、どちらも優秀な魔術師だった。
姉のほうのできの良さは、『年上』という理由で、しかたがないと割り切れた。
しかし妹のほうは、和泉よりも年下であるにもかかわらず、大人たちを凌ぐ魔法のちからと、知識を持っていた。
和泉は、妹のほう――史貴 茜の良いウワサを耳にするたびに、惨めになった。自分に天稟のないのが、悔しかった。
だから茜とは関わりたくなかった。彼女といっしょにいるだけで、自分がどんどん、矮小な生きものになっていくような気がした。
読んでいただき、ありがとうございました。
※いくつかの表現を、修正しました。