表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/205

s-5.けむりのたどりつくところ




 ・サイド・ストーリーです。

  内容ないようは、『前学長ぜんがくちょうおとこはくと、魔女まじょあおいはなし』です。

 

 ※サイド・ストーリーは、まなくても、『本編ほんぺんの内容が判らなくなる』などの支障ししょうは、ありません。









(なんでわたしは、『天才』じゃないんだろう)


 史貴(しき) (あおい)は、学院の庭を歩いていた。今年ことし、七つになる女の子である。


 セミロングの髪は金色をしている。目は青く、()んでいる。ふくは長そでのシャツと、プリーツ・スカートだった。うえからは、白い法衣(ほうえ)をつけている。


 季節きせつは春だった。


 今日は月曜日。いまは、昼休みである。


 あおいは、妹を誘って昼食を食べる予定だった。だが彼女の妹は、年上の生徒たちがつれていってしまった。葵はひとりでお昼を()った。


 それからなんとなく外に出て、気がついたら、学舎から離れた庭にいた。


 ここは、魔法の学校である。


 葵の妹はその生徒のなかでも、特別にすごい魔術師だった。生徒たちに人気(にんき)なのも、それが理由だった。


 (あおい)は、道端にベンチを見つけた。


 座席ざせきは少し、高かった。すわると、足が地面にとどかない。ヒザをかかえる。


 ぎぃ。と、隣りがきしんだ。


 男がひとり、座っていた。


「おじさん、あっち行って」


 あおいは男をにらんだ。男は、タバコを吸っていた。


 黒っぽい髪は、全てうしろに撫でつけられていた。()が小さく、ライオンのような顔をしている。年は四十歳くらいだった。彼はベージュのジャケットを羽織っていた。


「タバコは、まわりの人にも毒になるのよ」


 葵は男に注意をした。


「なら、キミがどこかへ行きたまえ」


 (あおい)はムッとした。ヒザをかかえて、彼女は、もう返事はしなかった。


 かねの音が鳴る。男は煙を吐き出した。


「授業に出ないのか」


 鐘は、昼やすみの終わりを告げるものだった。これから初等部の教室では、五時間目の授業がはじまる。


「べんきょうしたって、意味ないもの」


 あおいはヒザに顔をかくした。


いもうとがいるの、わたし。でも、あの子まだ三つなのに、もう使い魔がいるの。わたしもやってみたけど……ダメだった」


 動物との契約魔法は、中等部で習う、難しい技だった。


「それがどうした。勉強を否定する理由にはならん」


「イヤになるの」


 (あおい)は言った。


「がんばってる自分が、バカみたい。べんきょうしたって、天才には勝てないんだもん」


「なるほど。確かにバカだな、その考え方は」


 男は、くわえた紙巻(かみまき)を揺らした。灰色の眼は、立ちのぼる煙だけをながめていた。


「勝つだの、負けるだの。しょうもないことにこだわって、勉学の意義を考えようともしない。キミは救いようのない、おろか者だ」


 葵は、そろえたヒザの上に、左のほおをくっつけた。


「じゃあ、べんきょうって、何でするの?」


「しなければ、大きな損失になるからだ」


 あおいは、質問の角度を変えた。


「……べんきょうしないと、どうなるの」 


どくを呑むようになる」


 タバコの先っぽが、フィルターのぎりぎりまで、灰に変わっていた。(あおい)はギュッと、ヒザを抱いた。


「どうして、毒をのむの」


きているフリをするためさ」


 タバコはすっかり短くなっていた。煙のにおいが、ただよっていた。


「べんきょうキライ……」 


 あおいはくちをとがらせた。


「がんばってるつもりだけど。テストだって、よくないし」


「そんなものはどうでもいい」


 タバコを捨てて、男は、革靴の底で火を消した。


ほんを読め。疲れたら休め。こんなつまらん大人に、なりたくなければな」


 男は立ちあがった。(あおい)は、大きな上着の背中を見あげた。


「おじさん、タバコはもうやめてね」


 おとこは顔だけを振り向けた。


どくって、のんだら死んじゃうのよ」


 そうか、と男は言った。通路つうろを歩いていく。


 それから、彼が森林の庭園に来ることは無かった。



   ~~~~~~~~~~~~~~~



 史貴(しき) (あおい)は、丘の上の慰霊碑をながめていた。二十歳(はたち)の魔女である。


 六歳むっつの時には短かった金髪は腰までのび、蒼天(そうてん)めいていた両目には、氷の色味を帯びていた。


 ているのは、絹の洋服だった。ボレロを羽織って、足にはブーツをはめている。細い腕には、教員用の黒衣が引っかけてあった。


 大切なことを成すとき、葵はいつも、黒い碑のまえに来ていた。今日は迷宮にもぐって、妹をつれて帰ってくる予定である。


 となりには、前学長(ぜんがくちょう)の、(はく) 時臣(ときおみ)が立っていた。


 五十代後半ほどの男である。アッシュ・グレーの頭髪には、白髪がかなり混じっている。大柄おおがらなからだには、ジャケットと、スラックスをつけていた。彼は大学時代に世話になった、魔術師だった。


 葵はふと、()に言った。


「先生は、タバコを吸ったりはしないんですか?」


 はくは広い肩をすくめた。


「だいぶん前に、えらそうな生徒に言われてな。やめたさ」


「えらそう……先生よりもですか」


 くちもとに手をやって、葵は問いかえした。


 半眼はんがんになって、箔は隣りを見る。若い魔女の顔は愛嬌(あいきょう)がぬけて、目つきに鋭利な光が滑るようになっていた。


「そうだな。私より、ずっとえらそうだ。そして高慢で、とにかく、性格が悪い」


「先生より、人格の破綻(はたん)した人がいるんですか」


「……無礼者ぶれいもの。も、付け加えておくべきかな。覚えていないのか」


 (はく)は問いかけた。不思議そうに、葵は金色の眉をまげる。


「なら、『ばかもの』も追加だな」


 箔は手を振って、くるりと舗装路(ほそうろ)に向かった。学院がくいんにもどる道を歩いていく。


 あおいは、「さよなら、先生」と挨拶あいさつをした。


 箔は、木々を避けて(かよ)う道を、おりていく。


(子供のころの出来事は、大抵忘れてしまうというが……、)


 しわの多くなった手で、かれは自分のうなじを掻いた。


(結構、さみしいものだ)







 ・次回の投稿は、本編ほんぺんほうに戻ります。


 んでいただき、ありがとうございました。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ