4.タブー2
・前回のあらすじです。
『主人公がドロボウをしているところに、敵役の比奈子がやって来る』
・今回の大枠です。
『説明回です。ヒロインの史貴 茜に起こった出来事についてです』
憑依の魔術は、学院をふくめた【裏】の世界にいるあいだは、おそれるに値しなかった。
魔術師の【生活圏】たる領域では、魂の安全が保障されている。
目には見えない自然の精霊や妖精たちのちからが【生活圏】には充溢していた。
自然の化身たる彼らのもたらすエネルギーは、ひとの魂を瓦解させる能力を持たず、肉体からはなれた状態であっても、崩壊するという危険はない。
たとえ幽体離脱の状態にあっても、ふよふよと辺りをただようだけ。
そうした、むき出しの精神であってもかたちを保持できる環境では、憑依も解決可能な事象の一つにすぎなかった。
元来、精神と肉体は同一人物のものではたがいに引かれ、違う存在のものであれば拒絶する。
憑依はそうしたバランスを崩し、無理に他者のからだにとりつく技術のため、内在する魂は結びつきが弱く、魔術でひきはなすことができた。
空になった身体には、自然と自分の人格がもどる。
ただし、あまりに距離がはなれていたり、もはやそれだけの気力を持たない場合にはその限りではない。
前者は近づけてやれば解決し、後者も外部から魔法を介入することで十分措置が可能だった。
憑依は、もとの魂が消滅して、はじめて完全な移植を達成する術だった。
魂が消える。
というのは、【迷宮】のなかでのみ起こる事象である。
【迷宮】は、魔法の素材や化け物の棲む危険区域であり、魔法研究者らにとって重宝すべき採取地のことで、学院とは【ポーター】と呼ばれるひずみによってつながっていた。
内部は地下へとつらなる幾層ものフロアで構成されていて、どの層にもいびつな魔力が満ちている。
そのちからは、死によって肉体という鎧を失った人間の魂をたやすく破壊した。
それはひとつの存在がべつの世界に生まれ変わり、ちがう人生を謳歌する可能性を永久的に停止することを意味する。
そうした絶望と抱き合わせの『死』を目前にひかえた人間が、なにを考えるかなど知れたものではない。
目のまえに、誰かを犠牲にすることによって自分が生きのびるすべがあったとして、使わないものがいったいどれだけの数いるのだろうか。
少なくとも、学院の魔術師には、他者の倫理や義理や人情をうたがうだけの道理があった。
実力主義を標榜する一方で、学内では権威と圧力と迎合による蹴落とし合いが横行し、だれもが自らの素行の内に心当たりを感じていた。
死にかけの魔術師に近づいてはいけない。
という警告は、迷宮区内における自衛手段であると同時に、学院の魔術師たちが長い時間をかけて育んできた、疑心暗鬼の集大成でもあった。
学院の賢者であるはずの魔女、史貴 茜は、その禁を破った。
迷宮区、地下第六十六層。
茜はそこで、四肢と顔の原型を失った友人――櫻 比奈子を発見した。
そして彼女に近づき、憑依され、いなくなった。