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鉄と真鍮でできた指環 《1》 ~学院の賢者~  作者: とり
 【本編】第3幕 学院
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s-4.雪のふる日に






 ・サイド・ストーリーです。

  『敵役の比奈子ひなこと、ヒロインの使い魔のチャコの話です』


 ※サイド・ストーリーは、読まなくても、本編の流れが判らなくなる、ということはありません。









 (さくら) 比奈子(ひなこ)は、夜の森をさまよっていた。


 未熟みじゅく者の魔女である。彼女は二ヵ月ほどまえに、友人である(あかね)憑依(ひょうい)魔法まほうをかけた。


 その反動により、比奈子自身の身体は、こっぱみじんにんだ。


 未練は無い。


(チャコさん、どこに行ったんだろう)


 大きめの傘の下で、比奈子は白い息をいた。


 チャコというのは、茜の使い魔をしている柴犬(しばいぬ)だった。いつもは人間の女性に化けて、屋敷の仕事をしている。


 今日は日暮れに出ていったっきり、帰ってこなかった。図書館としょかんにもいない。時刻は、夜の九時くじを過ぎていた。


(ひょっとして……)


 比奈子(ひなこ)は森林の庭園のなかで、来た道を振りかえった。とおりすぎたところには、三叉路(さんさろ)があった。


 もどって、ひがしへまがる。それは、学院(がくいん)の外につづくみちだった。



 ~~~~~~~~~~~~~~~



 ひがしもんからは、ブロックで舗装(ほそう)された通路が、小高いところに向かってのびていた。


 おかの上に、一本の()が立っている。慰霊碑いれいひである。


 くらい空を指すさきが、月明かりを受けて、光っていた。


「チャコさん」


 石碑せきひの足元に、使い魔はうずくまっていた。今は子犬のすがたにもどっている。


 チャコは、小生意気な従者じゅうしゃだった。


 (あかね)が健在だった時は、研究を手伝てつだ一方いっぽうで、主人をよくからかっていた。


 現在は、誰ともくちを()かない。日々(ひび)の仕事も、まるで残った電池が、人形を動かしているだけのようだった。


 食事は()っていた。けれど、使い魔の生きるちからにはならなかった。


 子犬は、うっすらとゆきをかぶっていた。彼女は気力がきたのだ。


「あの……風邪かぜ、ひきますよ」


 比奈子(ひなこ)はチャコのもとに行って、赤い法衣(ほうえ)を脱いだ。


 比奈子の今のすがたは、憑依した相手のものだった。


 肩口かたくちで切った髪は、きんの色。大きな両目は、(みどり)の色。小さい身体には、ブラウスと手編てあみのセーター、チェック(がら)のスカートをつけていた。


 くつは長ぐつをはいている。


 んだ毛糸のすきまから、冷たい風がふきんだ。


 比奈子は犬を、法衣ほうえにくるむ。片手にかかえて、丘からき返す。


 屋敷に帰る。



 ~~~~~~~~~~~~~~~



 居間いまは暖かかった。


 をいれた暖炉のそばに、犬はいた。法衣ほうえは布団がわりにした。


 犬は動かなかった。


(死んじゃったのかな……)


 それならそれで、しあわせなのかもしれなかった。


 比奈子(ひなこ)は、揺り椅子にすわっていた。前後ぜんごに体重をかける。結構、おもしろかった。


「あの、チャコさん」


 ぴく、と、犬の耳が動いた。


(あ、生きてた)


 比奈子は言葉をかける。


「私、(あかね)の心は、まだどこかで無事のような気がするの」


 犬の尻尾しっぽが揺れた。目は開かない。


 比奈子はつづけた。


「私は今、魔法が使えないんだけど……それは、べつのところで、魔力が使われているからじゃないのかな。って、思う」


 チャコの主人である魔術師まじゅつしの精神は、現在、肉体を追い出された状態にあった。


 特殊とくしゅな事情により、彼女の魂は、すでに消えていると考えるのが、妥当だとうだった。

 

 椅子いすを揺らす。


「つまり、この身体を仲立ちにして、」


 比奈子(ひなこ)は自分の身体に、人差しゆびてた。


「私のたましい――本来なら、茜の身体のほうに流れる魔力が、茜本人の魂で行使している術のほうに、移行(いこう)されているんじゃないか、ってこと。そんなことができるのかどうかは、わからないけど。その……」


 比奈子は、胸元の指環ゆびわをいじった。


 他者よりすぐれた(ところ)に人を置く、その冷たいかざりものは、自分のまずしい心に、無限の勇気ゆうきをくれるがした。


「いま死んだら、本当に、会えなくなるんじゃないかな」


 ぎゅっと、比奈子は指環をにぎりしめた。非難を受けるのがこわかった。


 すべては、自分が()いた不幸ふこうだった。


 (あかね)には、真面目なあねがいた。彼女はいもうとが消えてから、めったに外に出なくなった。


 比奈子ひなこのクラスメイトだった少年は、憑依魔術をめようとして、魔法の余波を受けて、失明しつめいした。


 彼は今も、入院している。


 比奈子は、自分は彼らにうらまれているだろうな。と思う。暖炉だんろのまえで目をざす、小さな生きものにも。


 チャコは何も言わなかった。


 犬のすがたをした使つかは、眠りについたかのようだった。



 ――彼女があかねの姉にられたのは、それから数日後のことだった。





 ・次回は、本編に戻ります。


 読んでいただき、ありがとうございました。




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