s-4.雪のふる日に
・サイド・ストーリーです。
『敵役の比奈子と、ヒロインの使い魔のチャコの話です』
※サイド・ストーリーは、読まなくても、本編の流れが判らなくなる、ということはありません。
櫻 比奈子は、夜の森をさまよっていた。
未熟者の魔女である。彼女は二ヵ月ほどまえに、友人である茜に憑依の魔法をかけた。
その反動により、比奈子自身の身体は、こっぱみじんに吹き飛んだ。
未練は無い。
(チャコさん、どこに行ったんだろう)
大きめの傘の下で、比奈子は白い息を吐いた。
チャコというのは、茜の使い魔をしている柴犬だった。いつもは人間の女性に化けて、屋敷の仕事をしている。
今日は日暮れに出ていったっきり、帰ってこなかった。図書館にもいない。時刻は、夜の九時を過ぎていた。
(ひょっとして……)
比奈子は森林の庭園のなかで、来た道を振りかえった。通りすぎたところには、三叉路があった。
もどって、東へまがる。それは、学院の外につづく道だった。
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東の門からは、ブロックで舗装された通路が、小高いところに向かってのびていた。
丘の上に、一本の碑が立っている。慰霊碑である。
暗い空を指す切っ先が、月明かりを受けて、光っていた。
「チャコさん」
石碑の足元に、使い魔はうずくまっていた。今は子犬のすがたにもどっている。
チャコは、小生意気な従者だった。
茜が健在だった時は、研究を手伝う一方で、主人をよくからかっていた。
現在は、誰ともくちを利かない。日々の仕事も、まるで残った電池が、人形を動かしているだけのようだった。
食事は摂っていた。けれど、使い魔の生きるちからにはならなかった。
子犬は、うっすらと雪をかぶっていた。彼女は気力が尽きたのだ。
「あの……風邪、ひきますよ」
比奈子はチャコのもとに行って、赤い法衣を脱いだ。
比奈子の今のすがたは、憑依した相手のものだった。
肩口で切った髪は、金の色。大きな両目は、翠の色。小さい身体には、ブラウスと手編みのセーター、チェック柄のスカートをつけていた。
靴は長ぐつをはいている。
編んだ毛糸のすきまから、冷たい風がふき込んだ。
比奈子は犬を、法衣にくるむ。片手にかかえて、丘から引き返す。
屋敷に帰る。
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居間は暖かかった。
火をいれた暖炉のそばに、犬は置いた。法衣は布団がわりにした。
犬は動かなかった。
(死んじゃったのかな……)
それならそれで、幸せなのかもしれなかった。
比奈子は、揺り椅子に座っていた。前後に体重をかける。結構、おもしろかった。
「あの、チャコさん」
ぴく、と、犬の耳が動いた。
(あ、生きてた)
比奈子は言葉をかける。
「私、茜の心は、まだどこかで無事のような気がするの」
犬の尻尾が揺れた。目は開かない。
比奈子はつづけた。
「私は今、魔法が使えないんだけど……それは、べつのところで、魔力が使われているからじゃないのかな。って、思う」
チャコの主人である魔術師の精神は、現在、肉体を追い出された状態にあった。
特殊な事情により、彼女の魂は、すでに消えていると考えるのが、妥当だった。
椅子を揺らす。
「つまり、この身体を仲立ちにして、」
比奈子は自分の身体に、人差し指を当てた。
「私の魂――本来なら、茜の身体のほうに流れる魔力が、茜本人の魂で行使している術のほうに、移行されているんじゃないか、ってこと。そんなことができるのかどうかは、わからないけど。その……」
比奈子は、胸元の指環をいじった。
他者より優れた処に人を置く、その冷たい飾りものは、自分の貧しい心に、無限の勇気をくれる気がした。
「いま死んだら、本当に、会えなくなるんじゃないかな」
ぎゅっと、比奈子は指環を握りしめた。非難を受けるのが怖かった。
すべては、自分が撒いた不幸だった。
茜には、真面目な姉がいた。彼女は妹が消えてから、めったに外に出なくなった。
比奈子のクラスメイトだった少年は、憑依魔術を止めようとして、魔法の余波を受けて、失明した。
彼は今も、入院している。
比奈子は、自分は彼らに恨まれているだろうな。と思う。暖炉のまえで目を閉ざす、小さな生きものにも。
チャコは何も言わなかった。
犬のすがたをした使い魔は、眠りについたかのようだった。
――彼女が茜の姉に引き取られたのは、それから数日後のことだった。
・次回は、本編に戻ります。
読んでいただき、ありがとうございました。




