30.ボタンをかけまちがえた。
・前回のあらすじです。
『図書館の裏で、主人公の和泉は、使い魔のチャコに、茜を元に戻す方法を伝える。その結果、はじき出される敵の魂について、チャコは保管を提案する』
・今回の大枠です。
『和泉がチャコに説教をします』
沈思する少女に、和泉は答えた。
「魂の保存には、『依代』と、『魔法生命体』のふたつがある。けど、どっちも現実的じゃないな……」
「どうしてですか」
チャコは問いただした。
和泉は意気込んだ。心霊系統の魔術は、十八番である。
「依代は、巫術の性格が強くて……魔術師の技量では、効果はかなり制限されるんだ。道具のなかに魂を閉じこめて、人格や行動の一切を停止させるくらいしかできない」
それは自由のない空間に、精神を束縛することを意味した。封印しているあいだは、意思の疎通もはかれない。
仮初の処置としては使えたが、移し替える生物的な容れ物の目途が立たない以上、監禁は永きにわたると想像できた。
「ホムンクルスは?」
「もっと無理だ」
和泉は宙をはらった。
「つくりかたが伝わっていない。同じ系統にクローンがあるけど、これは自我を持って生まれてくるから、器として使うのにはやっぱり、抵抗が強いな……」
ホムンクルスは、魂を持たない、純粋な『人形』だった。その製法は、資料のなかには残っているが、文章はすべて寓意的で、具体的な内容は、秘匿されていた。
和泉はチャコに踏みこんだ。
「櫻を助けたいのか?」
彼の声は、荒かった。
「おまえの主人を不幸にした、張本人だぞ」
「ですが、あの子も人間です」
白い顔が、和泉を見据えた。少女の長い髪が、赤い給仕服の背に跳ねる。
和泉は眉間にしわを寄せた。彼のなかで、比奈子は既に人ではなかった。
チャコは、細い指を組んだ。
「最後に、個人的なことなのですが……」
切り整えた前髪が、少女の目元に影を落とした。彼女は質問をした。
「和泉さまは、迷宮に使い魔をつれて行かれますか」
和泉はうめいた。彼はふたたび、異界に飛ぶ予定だった。しかし、従僕のカラスを同行させる気持ちは、無かった。
「いや、ひとりで行くつもりだけど……」
「それは、使い魔が足手まといだから、ですか」
和泉は気がついた。
「ひょっとして、茜につれていってもらえなかったことを、気にしてるのか」
「使い魔であれば、不安になります。シロだって、葵さまに置いてけぼりをくらったと、グチを言います」
チャコは目をそらした。和泉は詰め寄った。
「茜も学長も、おまえたちを大事にしてるだけだよ。ケガをさせたくないから、つれて行かないんじゃないか」
影の奥で、少女の白い面差しに、血が通った。瞳は水気を帯びていた。
和泉は四角いつつみを取り出した。チャコに握らせる。
「とにかく、茜のことだけは、なんとかできる。だから、その……、」
彼はすぐに、少女から手を離した。
「……元気、出せよ」
和泉は靴の先をうしろに返した。その場をあとにする。
図書館の裏手に、チャコはひとりになった。
読んでいただき、ありがとうございました。
・次回は、サイド・ストーリーを投稿する予定です。
・内容は、召し使いのチャコと、敵役の比奈子の話になります。
(※サイド・ストーリーは、読まなくても、本編に支障はありません)