3.タブー1
・前回のあらすじです。
『主人公が弟子に頼まれて、触媒を取りに行く』
・今回の大枠です。
『主人公が、敵役と遭遇します』
――――――
『魔法』と『魔術』の表記のちがいに、深い意図はありません。
ノリや、語感の都合で表現を変えている。というていどです。
読みにくかったら、すみません。
ペンキのはがれた窓めがけて、和泉は、石の壁を上昇していった。
ガラス越しに、室内をのぞく。
なかには、誰もいなかった。
「……殻を砕く、ピクシーの舞」
手をかざし、ガラス窓に小声で呪文を唱える。
内側のカギが、カシャリと外れ、ひとりでに開いた。
広い室内にすべりこみ、隅にある整理棚へと向かう。
引き出しをあけ、黒く塗装された木箱を、彼は手に取った。
ぱかりと開けると、四角く加工した純銀が、きれいに並べて保管されている。
茜が、魔法の実験用に集めていたものだ。水晶もある。
きぃ……。
廊下のほうで、扉のひらく音がした。
「また泥棒?」
聞きなれた声に、和泉は反射的に振り向いた。
ひとりの少女が、部屋の入り口に立っている。
背が低く、目鼻立ちのととのった、人形のように、愛らしい少女だった。
髪の色は金色で、肩の位置で、きれいに切りそろえられている。
幼い輪郭にはまった両目は緑色で、大きく、瞼を縁取るまつげは長い。
肌の色は、病的に白かった。
それは彼女がすっかり外出しなくなったことの証左でもあった。
小さな身にまとっているのは、清潔なブラウスと、スカート。そして、【賢者】にのみに与えられる、赤い法衣。
それは、十一歳で時間の止まってしまった少女の身体をすぽりと覆い、あまった裾を、木の床にひきずっていた。
ほそい首には、五芒星を彫った指環が吊ってある。
史貴 茜。
目のまえにいるのは、まちがいなく、和泉がそう呼んでいた少女だった。
だが、そこに宿る魂が、今はまったくの別物であることを、彼は知っている。
「櫻……比奈子か……」
和泉は、胸のなかで歯噛みした。
茜のなかに棲むその少女こそが、すべての元凶だった。
・・・・・・・・・
櫻 比奈子は、茜よりふたつ年上の魔女だった。
実力は、中の上。
勤勉で、まじめで、順当にいけば、多くの学院生がそうするように、都市や町で、ふつうの生活を望むことができるタイプの人物だった。
しかし五年前、比奈子は茜に魔法をかけた。
その魔術は、学院にいるものならば、だれもが知っている呪いだった。
相手の人格を弾き出し、自分の精神を、相手の肉体にうつす技法。
憑依の魔術。
人の身体をのっとることのできるこの魔法は、使うことを禁止されてはいなかった。
自らの肉体を失うことを条件に発動される憑依の技は、禁じるまでもなく、だれもが使うことに、抵抗を感じていた。
魔術師たちに禁じられたのは、『死にかけの魔術師に近づくこと』だった。