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鉄と真鍮でできた指環 《1》 ~学院の賢者~  作者: とり
 【本編】第1幕 魔法の世界
2/205

2.指環(ゆびわ)




   ・前回ぜんかいのあらすじです。

   『にわやすんでいた主人公しゅじんこう和泉いずみが、使つかばれて、弟子のもとへかう』


   ・今回の大枠おおわくです。

   『ほぼ説明せつめいです』









 (もり)()かれた通路を、蛇行(だこう)にそって、のろのろと和泉(いずみ)は歩いていた。

 (みち)がひらけて、やがて一軒(いっけん)の洋館が、唐突とあらわれる。

 ふと来た道を振り向くと、道はゆるやかな坂なりになっていて、歩行者(ほこうしゃ)をすこし、高いところへと導いていた。

 茫漠(ぼうばく)たる丘と、山を開拓してこしらえた学院の敷地に、斜陽(しゃよう)煌々(こうこう)と反射する。


 群生(ぐんせい)する樹木の向こうに、ほんのり見える(しろ)めいた建築物は、初等部から大学部までの生徒を養成する、学舎(がくしゃ)である。

 かつては(まな)()として世話になっていた場所だったが、和泉はもう、仕事(しごと)以外で、そこに近づく気にはなれなかった。

 和泉には、学生時代に友人(ゆうじん)と呼べるものが、ほとんどいない。

 ただ同窓生(どうそうせい)とでも呼ぶべきものがいるばかりだったが、学舎で彼らと出会えば、小言(こごと)のひとつやふたつ、浴びせられるのが常だった。

 だから用のない時は、自室の研究室(けんきゅうしつ)や、学舎から離れた森林庭園(しんりんていえん)にこもっていることが多い。


 【学院(がくいん)】の全容は、ロールプレイング・ゲームに出てくる空想的(くうそうてき)な学園のごとく、瀟洒(しょうしゃ)で、ある種牧歌的(ぼっかてき)だった。

 時に桃源郷(とうげんきょう)のような感慨に見舞われることも多い景色だが、ここは現実と隔絶(かくぜつ)された区画であっても、無関係(むかんけい)な場所では決してない。

 電子(でんし)科学(かがく)が文明の柱を(にな)う、【現実(げんじつ)】の世界(せかい)を、魔術師(まじゅつし)は【(おもて)】と呼ぶ。

 ここはその、裏側(うらがわ)にあたる領域(りょういき)

 冥府(めいふ)天国(てんごく)とも性質を異にする、【異次元(いじげん)】とでも、呼ぶべき場所。

 【(うら)】であるこの世界にも、都市(とし)(まち)などは存在する。

 だがそのいずれもが、果たして、中世(ちゅうせい)ヨーロッパ(ふう)というべきか。石とレンガと木で構成された、古雅(こが)な街並みを呈していた。


 和泉(いずみ)は、行く先へと視線をもどす。

 洋館(ようかん)のまえに、ひとりの(おとこ)が立っていた。

「よー、センセー、どこ行ってたん」

 男は、大きな(くち)をにかりと(わら)わせて、手を上げた。

 永城(ながしろ) 壮馬(そうま)

 (みじか)く刈り込んだ黒髪を茶色(ちゃいろ)に染めて、やんちゃな風情(ふぜい)にした、背の高い男である。

 (かれ)がまとう黒シャツとカーゴパンツは、生徒(せいと)に支給される白い法衣(ほうえ)に、あまり似合っていなかった。

 今年(ことし)二十歳(はたち)と、順当にいけば学院の大学部(だいがくぶ)(せき)を置いているはずだが、素行(そこう)わるさと、出席日数(しゅっせきにっすう)いちじるしい不足のため、高等部にて、万年留年(まんねんりゅうねん)の憂き目にあっている問題児(もんだいじ)だ。

 彼は現在、和泉(いずみ)個別指導下(こべつしどうか)にある。

 成績低迷(せいせきていめい)のため、いよいよ退学となろうとしていたところを、和泉が引き取ったのだ。


手伝(てつだ)ってほしいことがあるって聞いたけど」

 門前(もんぜん)弟子(でし)に、和泉は歩み寄った。

 くるりと永城は屋敷(やしき)を振りかえり、鉄格子(てつごうし)をつかんで、(まど)を見あげる。

 猛禽類(もうきんるい)めいた茶色い双眸(そうぼう)が、物欲しに、二階(にかい)のあたりをただよっていた。

「新しい魔法(まほう)を使ってみたくて、触媒(しょくばい)とってきてほしいなぁ~って、思うて。ほら、(あかね)ちゃんとこは、そーゆーの豊富(ほうふ)やんか」

 永城(ながしろ)は、悪びれた(ふう)なく笑う。

 

 二人(ふたり)のまえにそびえるのは、茜が住んでいた屋敷だった。

 学院(がくいん)のなかでも、相当な地位にある者にのみ与えられる、個別(こべつ)住居(じゅうきょ)だ。

 正確(せいかく)には、住んでい()という過去形ではなく、住んでい()

 ただ、和泉(いずみ)にとって、受け入れがたい形になってしまっただけで。

 弟子(でし)の指さす方角(ほうがく)を、和泉は見あげた。


「また(おれ)に、なんか()ってこいってか」

「せや」

 (となり)に立つ和泉(いずみ)に、永城(ながしろ)は指を鳴らした。

(いま)でこそ有名無実(ゆうめいむじつ)になってるけど、いちおう茜ちゃんは、【賢者(けんじゃ)】の地位を持ってるからな。俺みたいなペーペーが(ぬす)みに入ったなんてバレたら、すぐ退学になるやろ?」

 永城の人差(ひとさ)(ゆび)は、和泉の右手の中指(なかゆび)を示した。

 そこには、真鍮(しんちゅう)(てつ)で作られたリングが、まっている。

「けど、センセーは教授(きょうじゅ)やし、それ以前に、【指環持(ゆびわも)ち】やんか。バレてもちょっと、おこられるだけやろ」


 けらけらと永城は笑う。

 指環持ちとは、学院のなかで(こう)を挙げ、【ソロモンの指環(ゆびわ)】を獲得(かくとく)した者のことだった。

 (かれ)らは指環とともに、学院内での特権的(とっけんてき)優位性(ゆういせい)も手に入れる。

 ()び級。出世(しゅっせ)特赦(とくしゃ)

 ……あるいは、人望(じんぼう)

 学院がくいん内の魔術師(まじゅつし)たちにとって、ソロモンの指環は最大の目標(もくひょう)であり、そのために四苦八苦(しくはっく)奔走(ほんそう)する者もいた。

 それこそ、死に物狂いになるほどに。


 和泉(いずみ)は永城にぼやく。

「結構しんどいんだけどな……。ここに忍び込むのは」

「またまた。ほんまはそれとなーく茜ちゃんの(かお)が見れんのが、うれしいくせに」

(なぐ)るぞ、おまえ」

 永城(ながしろ)の茶々に、和泉は睥睨(へいげい)を返した。

「まあ、そうカッカせんといてって。あの子がいきなり元気(げんき)なくなったのは、俺も心配(しんぱい)してることやねんからさ」

(そういうことじゃ、ねえんだよな……)

 和泉は永城に説明(せつめい)しようと思ったが、やめにした。


「まあ、いいか。えーと、(ぎん)でも持ってくりゃいいのか?」

「おお、それでじゅーぶんや。感謝やで」

 永城の返事を受けて、和泉は、呪文(じゅもん)(とな)えた。 

上昇(じょうしょう)()ぶ、シルフの(うた)

 (かぜ)が、和泉の全身をつつむ。

 くさの地面に、波紋(はもん)ができて、彼の身体は浮きあがった。

 永城(ながしろ)が、和泉を見上げてうめく。

「せんせー……はやく詠唱(えいしょう)なしで、魔法(まほう)使えるようになれたらええな」

「うるせえ……」

 和泉(いずみ)はうなりかえして、逃げるように、二階(にかい)(まど)に飛んで行った。






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