17.知らざるを知らずと為せ、是れ知るなり
・前回のあらすじです。
『主人公と魔女が、迷宮から出られなくなる』
・今回の大枠です。
『主人公と魔女、が会話をする』
肉体は、疲労をむかえていた。空腹もある。
化けものを狩って、食ったとして、体力が保つか、わからなかった。
六十六層は、場合によってはゴールではない。より深い層を、探索する危険もある。
勢いに任せて、準備を怠った。
和泉は今になって、自分の早計さに気づいた。いまさら、である。
葵は、隘路をすすむ。
「……頭と、使い勝手のよさだけが取り柄の人が、ひとりいるわ。その子が、なんとかしてくれるかもしれない」
通路は暑かった。歩くたびに、神経を摩耗する。
和泉は、葵の期待する人がだれかを知らなかった。しかし、その光明に賭けかった。完全な自業自得なのだけれど。
「もっとも、向こうがこちらの事態を知っていればの話しだけどね」
「お手あげなんじゃないですか」
和泉はボヤいた。すぐに、自分のくちをふさぐ。
魔女は背を向けたままだった。
「門は、回復するわ」ふたり分の歩調が、ひびく。「原因さえ取りのぞけば」
「あの、」
和泉は魔女に追いついた。となりに出ることは、しなかった。
「入り口が不安定になったのは、やっぱり、茜の影響なんですか?」
「そう考えるのが、妥当ね」
通路は、ふたりを奥へみちびいた。
広大なエリアに出る。大地は、火の池で塞がっていた。天井は高い。
冷えてかたまった部分だけが、足の踏み場だった。葵は魔術で浮きあがる。
「あの、無発声って、どうやるんですか」
和泉は訊いた。小さな意地が、彼に魔法を詠じるのを、『恥』にしていた。
葵はくちごもる。
「あえて言うなら、『ひばりはどこで鳴くか』、ね」
「どこで鳴くんです?」
葵の指先は、彼女自らをついた。
和泉は、示すところをじっと見る。そこには、葵の胸があった。
「すっ……」
和泉はとっさに離れた。
「すみません……」
葵は首をかたむけた。彼女は、まえに向きなおる。
「ねえ、和泉くん」
和泉は、反応をしなかった。葵のくちにした呼称が、自分を指すものと気づかなかった。
彼女には、『先生』と、立場で呼ばれたほうが長い。
「……なんでもないわ」
葵は飛んだ。和泉も小さく呪文を唱えて、つづく。
――ひばりは、どこで鳴くのだろう。
和泉は、早く音のない魔法を、使いたかった。