16.あとのまつり
・前回のあらすじです。
『主人公が、魔女を引き返させようと説得する』
・今回の大枠です。
『主人公と魔女がワープする話です』
和泉は、自分の右手を持ちあげた。魔女の手に寄せる。
だが、取ることはできなかった。彼には、矜持があった。
『史貴 葵は、人間をはるかに超越した存在』
そう思い込むことで、彼は彼女の被る重荷を、取るに足らないものにした。でなければ、助けようともしない自分が、惨めだった。
彼女が、手を伸ばせば届く位置にいることを、認めたくなかった。
「取って食べやしないわ」
葵は和泉の手をにぎった。ふたりを、納涼の光がつつむ。
それは、転移の魔法だった。
「待って! 葵さん――」
和泉は、魔女の名をわめいた。
帰るわけにはいかない。
ふたりは、橋からすがたを消した。
洞窟のなかに、彼らは出現する。そこは薄暗く、蒸し暑かった。
和泉は振り向いた。彼の背後には、火を照りかえした入り口があった。
その向こうには、赤い河がある。岩の橋が、掛かっている。
「……さっきまで、いたところ?」
宙に渡す床のまんなかに、焼け跡と、魔物の死体があった。
和泉は、となりを見た。
「あの、あんまり移動してない……」
溶岩の谷は、先ほどまでふたりがいた地点だった。葵はうなずく。
「外への転移は、ここに来るまでに、何度か試したの」
ボコボコと、火の河が煮立つ。
「でも、出られなかった」
独立した世界での空間の認識は、外部のそれとは異なっていた。
迷宮のように、独自の体系を持つ領域を『異界』という。異界内のどこかに、転移先を指定した時、魔術は、居る世界の補正を受ける。
それにより、術師はワープまえと同じか、近い地点に、送致された。
【キャンセル】という作用である。
もといた領分への帰還に対しては、キャンセルは、働かない。
魔術師の空間把握能力は、【裏】という区画の認識に、もとづいている。
そのため、極めて深い層からであっても、【裏】に対しては、魔法は正しく、術者を送った。
しかし、それも、互いの区間に、連絡のある場合に限る。
閉じた世界から、べつの世界へと越える術を、魔術師は持たない。
和泉は、寒気がした。外に向けたワープが、【キャンセル】を受けた。
それは、安全圏との唯一の接点――【ポーター】が、閉じたということである。
和泉も葵も、もどれなくなることは、承知だった。それでも譲れない用事があって、ふたりはここに来た。
けれど、餓死の予定は、入れていない。
※いくつかの表現を、修正しました。