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白亜義倉と言えば、この辺りではちょっとした有名人である。
近くの私立高に通う、不動たちと同い年の女性で、端的に言えば警察にも口利きできるような権力者の娘で、家にとっかえひっかえ女性を招き入れて不貞を働くと噂の人。
怪しい噂はかなりの確率で事実だろう、と不動と深泥は思っている。なにせうちの学校にまでその悪名は轟いており、かつ蒼堂芹耶までかつて関係を持ったとか持たなかったとか、という話があるほどだ。
要は、その芹耶に連絡を取ってもらおう、というのが案の一つ目である。どうにかこうにか人伝に連絡先を入手したが、その芹耶本人が不動に話をさせろ、と電話してきたため、不動は深泥の携帯を借りた。
「もしもし」
「正気? どんなことされるかとか、想像つかない?」
「……」
「むしろそういうのが楽しみとか」
「そんなわけ……!」
「そう」
表情の見えないコミュニケーションに、自分の進退を決める会話に不動は緊張していたが、それでもただ自分の気持ちを伝えるくらいはすると覚悟していた。
白亜義倉の家に、となれば、きっと性行為くらいはするのだろう。そんなことは漠然と考えていた。
「……意味あんの? そこまでして。尊厳も踏みにじられるようなことかもよ。大人しく戻った方がマシとか。直前で拒否して家追い出されるとかしたら意味もないし」
「……その時は、その時で。ただ今は、その可能性に賭けたい、から。今、あの家にいたら、一週間待たずに、無理矢理戻される、せめて、もう少し考えてみたい。嫌なことされて、それで嫌になるなら、もうそれでもいい。今は、できる限りのことをしていきたい、から」
なんて確認をして、芹耶は大丈夫だろう、と思った。いや正しくは本当は最初から思っていた。朝に話した不動は、真摯だった。こういう行動や発言は、少し間違えばきっと一生後悔するし、それだけ周りから悪口を言われることも多い。遊び半分で五日間過ごして元に戻るような人間なら、自分が何かをしてやる必要はないしむしろ非難する側に回ることも考えた。
けど、一度、二度と話して、クラスにいる普段の不動を見ているからこそ、不動が真剣なのだとわかる。
でも芹耶は真剣かどうかを確認したいわけではなく、目的は別にある。
「そんなこと言って、女性が好きって言ってたし本当は義倉の裸見たいだけとかじゃね?」
「……! だから違うって言って……!」
「意地悪なこと言うけどさ……」
とまで言って、けれど芹耶は意地悪なことが言えなかった。
言おうと思えばいくらでも言葉はある。女装が趣味なんだろうとか、自分の体に欲情したのかとか。
芹耶は怒らせたかった。女々しくておとなしいだけの不動は、それこそ体に気持ちを合わせているようだった。
以前のように俺と言って、多少は乱暴な言葉遣いをした方が、不動らしい。それは女らしいであるより人間らしい。
けど、もう芹耶は不動のことを多少なりとも知ってしまった。から、そんなことは嘘でも言い難い。
「……はぁ、まあいいや。じゃあ連絡してみるけど、言っとくけど義倉が今忙しいとかもう寝てるとか他の奴となんかしてて連絡取れないとかそもそももう私からの連絡を受けつけないかだったら諦めてもらうから。じゃ」
電話はそこで切れたが、ほどなくして芹耶からのゴーサインが出た。