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おとぎ裁判  作者: 神楽澤小虎
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【第1審】~5~


バサっと片翼の翼を広げ、普段は見せない獰猛(どうもう)なツメを露わにしてロブが言う。


「俺は自分の伽相手のためならば、

 時間だろうが何だろうが躊躇なく殺してやるよ。」


彼の黒い大きな瞳から強い意志を感じる。

伽相手とはよほどの信頼関係があるらしい。

アケチはそう感じながらも憎まれ口をたたいた。


「ふん、見た目は鳥だが、中身は犬だな。」

「犬で結構!美しければ! ねぇ?ベイベー。」

ふいにあごクイされたメロディは完全に乙女の顔になっている。

「ロブ様に殺されたい~♪」

「君のハートはもう撃ち抜いたぜ。ばきゅんベイベー!」

そう言ってロブは自慢の翼を大きく広げてみせる。

派手なパフォーマンスがこいつの売りだ。

結局いつも裁判を引っ掻き回す。


一方、正統派のブルーは徹底的に理論で観衆を魅了する。

そして思い通りに事をコントロールしようとするのだ。


「裁判長、いい加減にしてください。

 僕たちKiller(キラー)に拒否権なんて存在しない!

 それなのに、あなたは毎回そうやって裁判をやりたくないとごねる始末。

 許されると思ってるんですか?」

ブルーは吊り上がった青い瞳でアケチを鋭く睨んで言葉を続ける。


「まったく、あなたの伽相手の顔が見てみたいものです!」


そのときアケチは背後に氷のように冷たい気配を感じた。

口元だけで笑顔をつくり、ジュードは黙って木槌を差し出す。


「あそこまで言われては、やらないわけにはいきませんね?アケチ様。」

穏やかな声がやけに怖い。


「クソっ! …わかったよ!」

ジュードから木槌を受け取り、大きく息を吐く。


木槌……裁判長だけが持つことを許されたそれは

正式には“ガベル”という。

黒に近いダークブラウンのガベルには、繊細な彫刻が施されている。

一番目立つところには、薔薇と公平の象徴である天秤が刻まれた

金のモチーフがついていた。

しっくりとなじむように作られた柄を握ると、

選ばれし者だという証のように右手から小さな衝撃が走る。


束の間、俺は自分の中の自分と向き合うために瞼を閉じた。


頭が冴えわたり力が(みなぎ)るのがわかる。

俺は目を上げ、ガベルを振り上げた。

ドン!ドン!という重々しい音が法廷に響き渡る。

その途端、まるで魔法にかけられたかのように法廷内に見えない結界を感じた。


「心の中の良心に従い、これよりすべての言葉は“平等”と化す。

 おとぎ裁判、開廷!」


裁判長であるアケチの宣言に、ここだけが別空間になり、

判決が出るまでの間その言葉たちは同じ質量を持つようになるのだ。


裁判は嫌いだが、この瞬間だけは好きだとアケチは思った。

心地いい緊張感を全身に感じながらアケチは口を開いた。

「本日申し立てを行いたい者は誰だ?」


検察官であるロブが待ってましたと言わんばかりに立ち上がる。

「今宵の原告は、先日出所してきたばかりの…()()()()!」

場内にどよめきが起こった。


()()()()()()()()()だと? つまり元犯罪者が誰かを訴えるというのか?

アケチの脳裏にそれらの疑問が横切ると同時に、

毛並みが荒れ、ボロボロのベストを着て、やつれた様子のオオカミが入廷した。

目もうつろで覇気がなく、おどおどとして気が弱そうだ。

痩せこけた野良犬の方がいくらかましなほどで、

オオカミという印象にはほど遠かった。

このひ弱なオオカミが一体誰を訴えたというのか、

アケチは興味を覚えずにはいられなかった。

「それで、被告人は誰なんだ?」


弁護人であるブルーがエレガントに被告人をエスコートして来た。

「今宵、オオカミが訴えた相手は、今は麗しき乙女に成長した…()()()()です。」

トレードマークである赤いずきんを揺らし、少女はすでに目に涙を溜めていた。

うつむいていてはっきりと顔は見えないが、

その美しさはずきんからこぼれるようだった。


「へぇ、おもしろそうじゃん!」


アケチが振り返ると、クッキーを片手に座っているおっさん…いや王子の姿があった。

「おまっ、なんでいんだよ! 帰れーーーっ!」

「帰らない~。この裁判終わったら上告するし~。」

「はぁ?!」

こいつがいたのをすっかり忘れていた俺も悪い。俺も悪いが!

「あ、メロディちゃん、クッキーもいいけどさプリンないの?プリン!」

「プリンは無いんですぅ~。ごめんなさぁ~い。」

仮にも法廷内でくつろぎすぎだろ!

「え~、じゃあ紅茶おかわり。」

「は~い♪」

法廷は喫茶店じゃないんだぞ!


「おい、ジュード!あいつをつまみ出せ!」

「ですが、上告されるとおっしゃっておりますのでお待ちいただくしか。」

「ならば、今すぐあいつを死刑にする!」

「アケチ様…そんな子供みたいなことを。

 それより、この裁判を進めないと本当に寝る時間がなくなりますよ?」


あああ!どいつもこいつも!

王子は完全に居直って、下品に紅茶をズズズと音を立てて飲んでいる。

やっかいなおっさん…としかこの時は思っていなかった。

しかし、俺はこのあと王子の真の目的に翻弄されることになるのだ。

「あああもう! 裁判を続ける! ロブ、申し立てを!」


豪華な刺繍の入った長い袖をひるがえし、

ロブは自分の時間だと言わんばかりに話し始める。


「諸君!聞いてくれたまえ!

 こちらにいるオオカミは、まだ赤ずきんが幼き少女だった頃、

 お婆さんを殺し、赤ずきんにも手をかけようとした罪で訴えられた!

 皆さんの中には、記憶にある方もいるでしょう。

 オオカミは、赤ずきんと()()()()現場に居合わせた猟師の証言で有罪となった!

 そして、長い刑期を終え、こうして出所してきたわけです!

 では、なぜそのオオカミがここにいるのか!

 そうです! あの事件は、冤罪(えんざい)だったのです!」


「冤罪?!マジで?!」

王子のリアクションがデカい。もう、ほんと帰ってほしい…。

ロブが聴衆の注目を集めるように、オオカミの背中を押した。

「さぁ、本人の口から証言を聞こうではありませんか!」


おずおずと証言台に立ったオオカミは、消え入りそうな声で話し始める。

「ぼ、僕は…僕は赤ずきんに()められました。

 僕は赤ずきんとある約束をしたんです。

 だ、だけど、赤ずきんは法廷で嘘をつきました。」


「そう、我々は赤ずきんを“偽証罪”で訴えます!

 赤ずきん、容赦はしないぜベイベー!」

少女はすでに法廷という場の雰囲気にのまれたように萎縮してしまっている。


「偽証罪ねぇ。どうなんだ、赤ずきん。嘘をついたのか?」

「…………。」

アケチの問いに答えることもできず、キュッと唇を引き結んだ赤ずきんに

ブルーはやさしく声をかける。

「無理をしなくていいんだよ。辛い記憶だからね。」

こくりとうなずく少女。

無理もない、不幸にも身内が殺された殺人現場に居合わせたのだ。

彼女が受けた精神的苦痛は計り知れない。

ブルーはロブを見据えて言った。



「赤ずきんは、黙秘します。」





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