【第1審】~1~
【第一審 赤ずきん裁判】
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“おとぎ”の意味を知ってるかい?
大切な人の ためだけに
退屈な夜を殺めるよ
おとぎ相手を楽しませ
たとえ誰かを 泣かせても
最後の光も殺めるよ
それぞれの主のため それだけのために…
ルララ~ ルルララ~ ルル~ラララ~
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おとぎの国の深く深い森の奥。
今宵もどこからか、哀しみと悦びの入り混じったこどもの歌声が聞こえてくる。
ここにやって来る者は誰しもその歌声に誘われ、
さらに森の奥へと歩を進めていく。
昼間でさえ薄暗く不気味なこの場所は、普通なら誰も近づかない。
しかし、深夜になるとまるで何かに吸い寄せられるように
人々が集う場所となっていた。
鬱蒼とした細い道を越えた先に古びた荘厳な屋敷がそびえ立っている。
【幻火の館】通称Castle Torch。
ここはおとぎの国の裁判所。
様々な訴えを抱えた者たちが夜な夜なこの門をくぐり、正しき裁きを求める。
堅牢な鉄の門は天にとどくほど高く、
両脇には門番さながらの不気味な像が立っている。
美しく整えられた庭の花々も今は花弁を閉じて眠りについている。
バロック調の噴水を左手に抜けると、いよいよ屋敷の扉が見えてくる。
そこには公平・平等を表す天秤と薔薇を象った紋章が刻まれていた。
重厚な扉を開け、大理石の床を踏みしめて
ロビーの奥にある開かれた広間へ向かう。
法廷である広間には、今宵の裁きのために数多の灯火たちが集まっていた。
彼らは“トーチ”と呼ばれ、その光で白と黒とを残酷に分け、
善と悪とを指し示めすいわゆる陪審員の役目を果たすのだ。
裁判長はトーチたちの見解を元に判決を下す。
それがこの屋敷のしきたりだった。
ほどなくして、コツコツコツと革靴の音を鳴らし、
一人の男が法廷に入って来た。
「ようこそ、幻火の館へ。わたくしは当屋敷の執事・ジュードと申します。」
スラリと伸びた手足。柔和な微笑みを浮かべた若い男。
品のいい燕尾服の背中には、
ハリネズミ属性特有の柔らかな毛並みが艶めいていた。
「ああ、なんという美しい光景でしょう。
トーチの皆さま、今宵もお集まりいただきましてありがとうございます。
皆さまのお姿は裁きを必要とする人々には、
屋敷を照らすただの灯火に見えていることでしょう。
ですが、この館と共にある私には、皆さまのお姿もちゃんと見えております。
もちろん、皆さまにもわたくしの姿が見えておりますね?
見えていたらはーい!とお返事いただけますか?せーの!」
急に場の空気が変わり、トーチたちが返事をするように一斉に灯火がゆらめく。
緊張をほぐすためか、ジュードの問いかけは続く。
「皆さま、今夜もジャッジしてくれますか~?」
またもや一斉に灯火が。
「皆さま、ジャッジメントパーティ、楽しんでくれますか~?」
ボルテージが上がるように灯火たちの明るさが増す。
扇動するジュードの勢いも止まらず。
「皆さま、ハンバーグはお好きですかぁ~?!」
唐突すぎるハンバーグの問いかけに灯火たちの理解が追い付かない。
一瞬戸惑いを見せる彼らの様子に、ジュードは臆することはなかった。
「ハンバーグはデミグラス派ですかぁ~?!それともぉ~…」
「うるさーい!うるさい!うるさぁああああい!」
ジュードの問いかけを遮るように、一人の男が…いや正確には
半分ケモノである半獣の男が現れた。
「おや、アケチ様。」
ボーダー上下のダブダブの服にふっかふかの枕を抱えたアケチは、
ワイルドな風体で野獣のような毛並みを逆立てている。
全身がほぼ毛で覆われているが、顔や手などは人間のようでもある。
「あー!もう、うんざりだ!毎晩毎晩ロウソク相手に
『ハンバーグは好きですかぁ~?デミグラスですかぁ~?』はぁっ?!(怒)」
「アケチ様、僭越ながらロウソクではなくトーチです。」
「どっちでもいいわ!」
「よくはありません。トーチこそが、この館を守るものなのですから。」
「ケッ!守ってんだか、監視してんだか。だいたい俺は火が嫌いなんだよ。」
「…へぇ。火がねぇ。」
ジュードの目がスッと細くなる。
「な、なんだよ。」
「アケチ様。火が怖いだなんて、
むかし火遊びでもしたことがあるんでしょうかねぇ?」
アケチを見透かすように覗き込むジュード。
「べ、別に怖いわけじゃねーし!」
「ふふふ。」
悪戯っぽく笑う唇。ジュードの手がアケチの首に伸びる。
「火遊びすると“おねしょ”しますよ。」
アケチの胸元にある茶色い毛並みをわしゃわしゃと撫でるジュード。
その表情は幸せそのものといった感じだ。
「モフモフすんなっ!」
「すみません…ついモフりたい誘惑に勝てず。」
小動物のような笑顔を向けるジュードにアケチがイライラとまくし立てる。
「いいか!今日こそは絶対にうちに誰も入れるなよ!絶対にだ!
有罪無罪、関係ねぇ!毎晩毎晩、裁判裁判!
もー!嫌だ!俺は寝不足なんだよ!」
「まぁまぁ、そうおっしゃらずに。明日はハンバーグにしてあげますから。」
「お前の作ったハンバーグなんか食えるかよ!
ってか、俺がいつハンバーグが好きだって言った?」
「でも、このジュード、本当に本当ーっにハンバーグが得意なんですよ?」
「知らんがな!可愛く言っても知らんがな!
俺はハンバーグも食わねぇし、裁判もしない!」
「わかった!付け合わせのニンジンのグラッセがお嫌いなんですね?!」
ジュード…。この天然ちゃんぶりに騙されてはいけない。
俺はこいつの正体を知っている。
いや、このときはまだこいつの正体を知っているつもりでいたと
言った方が正しいだろう。
ジュードは想像を絶するような裏の顔を持っていた。
それを知ることになるのは、随分先のこととなる。
「やっぱりアケチ様は、
ウマ属性じゃないからニンジンがダメなんでしょうかねぇ?」
まだぽやぽやした顔をして、そんなことを口にしている。
俺ははっきりと言ってやった。
「俺が嫌いなのはニンジンじゃねぇ!裁判だ!俺は裁判が大嫌いなんだ!」
「………裁判長なのに?」
「裁判長なのにっ!」
だいたい裁判長にだってなりたくてなったわけじゃない。
その上、決して名誉なことではない。裁判長に任命されたなんてはなはだ不名誉なことだ。
ジュードだってそのことは充分わかっているはずだ。
まぁ、こいつの場合俺に裁判をやらせる理由は他にあるわけだが…。
「確かに、このところお休みもなくアケチ様もお疲れでしょう。」
「だろ?!それに最近はくだらねぇ裁判ばっかじゃねぇか。
この間の『蟻とキリギリス』の裁判だってそうだ。」
「ああ、あのときの…」
それはまだ記憶に新しい。『蟻とキリギリス』裁判。
その裁判は、働きアリたちが女王アリとキリギリスを訴えるというものだった。
働きアリたちの主張はこうだ。
「毎日サービス残業とかアリえないです~。」
「アリだ・け・に・NE!」
「休日返上、有給ナシとかアリえないです~。」
「アリだ・け・に・NE!」
「その上、キリギリスに接待しろとかアリえないです~。」
「アリだ・け・に・NE!」
「…………。」
「みんな無視! 俺もお前もみんな虫! ムシだ・け・に・NE! イエ~!」
途中キリギリスの余計なラップが入るがシカトを決め込む。
女王アリとキリギリスになんらかの癒着があるのではないかと
働きアリたちは疑っている。
とにかく勤務状況がブラックであるのは間違いなさそうだった。
ふと隣を見るとジュードの様子がおかしい。
顔を伏せ、苦しそうに腹部を抑えている。
「どうした、ジュード!」
「も、申し訳ございません… このジュード…“アリだ・け・に・NE!”が
思いのほかツボにはまりまして…ぷぷぷ…」
ダメだ。ここで怒ってはダメだぞ、俺!
裁判が長引くだけだ。ジュードの天然は怒っても治らん!
冷静に裁判を続行するんだ、俺!
そんな俺の努力は空しくアリたちが何やらごちゃごちゃ始める。
「次はアリ美ちゃんが証言しなよ。」
「私よりアリ田くんが先に。」
「いやいやアリ須先輩が先でしょう。」
「どうぞどうぞ。」
「どうぞどうぞどうぞ。」
「どうぞどうぞどうぞどうぞ。」
「どうぞどうぞどうぞどうぞど…」
「譲り合うな!誰でもいいからさっさとしゃべれ!」
思わず大声をあげたアケチに対して一斉にアリたちの抗議が始まる。
「怒鳴るとかアリえない~。モラハラです~!」
もう…なんでもいい早く終わらせて欲しい。
そう思って、その後は発言するのをぐっとこらえた。
ところが、被告人として来たキリギリスの衝撃の一言で
この裁判はあっけなく終わることとなる。
「イエ~俺はK・I・R・I・G・I・S・U! キリギリス!
いつもギリギリで生きてRU!
今日はアリに呼ばれて 裁判に出廷!
アリはブラック! 会社もブラック!
そんな君にグッドラック!」
ど下手なラップを意気YO!YO!かますキリギリスにうんざりだYO!
「キリギリス、それ以上長くなるならお前を公務執行妨害で有罪にすんぞ!」
「俺に有罪?! それは心外!
俺の容疑 図られた便宜 人生は遊戯!
接待受けたかより 俺の話をまずは聞けYO!
働きアリ ほんとにアリ?
お前らの2割は 常に働かない働きアリ!
キリギリスより サボりアリ 働かない働きアリ!
それが事実! 俺は無実!
いっそ訴えるならそいつらにしろYO!」
途端にアリたちは真っ青になり、泣き出す者、わめく者、卒倒する者、
散々大騒ぎして、しまいには仲間割れをして帰ってしまった。
「ついに不起訴! 俺は勝訴!
キリギリスより アリの仲間が裏切り!
俺はその日暮らし あいつら灯台下暗し!
裁判はエンド! 刻むビート! まさに人生はワンダーランド! イエ~!」
そもそもなんでラップだし…。
あの時のことを思い出すだけで、頭が痛くなってくる。
あれは・・・俺の睡眠時間を削ってまでやらなくてはならない裁判だったのか?!
ジュードが横で眠気覚ましの紅茶を淹れてくれながら言った。
「あの裁判、朝までかかりましたからねぇ。」
「途中から蟻が一匹ずつ証言しやがったからな。あまりにも無駄な時間だった。」
「ですが、原告の証言を聞くというのは大事なことですよ。」
「お前は俺の話を聞かないけどな!」
なぜ人はこうも誰かを訴えたがるのかと、嫌気が差すことがある。
本来は裁判なんてない方がいいはずだ。
しかし、訴えるやつも訴えるやつだがそれ以上に気に入らないのが、
裁判を面白がって見物している連中だ。悪趣味にもほどがある。
俺は紅茶を一口飲んだ。
ハンバーグの腕前は知らないが、こいつが淹れてくれる紅茶は確かにうまい。
シャンパンのような上品な茶葉の香りが眠くなりそうな俺の瞼を…
…ん? 眠気覚ましの紅茶? また騙された!
俺は乱暴にガチャンとカップを置いた。
「ジュード!俺は寝るんだ!
絶対に屋敷に誰も入れるなよ!いいな!わかったな!」
「おやおや、今宵は随分と荒れておいでですねぇ…。
そんなにイライラすると、毛並みに悪いですよ?」
「モフモフすんなっ!」
「アケチ様、あなたの毛並みは手触りが最高なんです!
ちょっとぐらいモフらせてくれてもいいではないですか!」
「なに逆ギレしてんだよ!俺は寝るったら寝る!」
その時、古びたチャイムの音が鳴った。