第13話 叡知の塔
俺は馬車が急停止した拍子に目が覚めた。今度の馬車も窓がなく、退屈すぎて眠ってしまったのだ。
「エレナ様、検問に時間がかかるので先に護送をお願いします!」
兵士が威勢のいい声を張り上げて、俺たちに馬車を降りるように指示した。
外に出ると、目の前には大きな門がそびえ立っている。その門が取り付けられている城壁は遥か地平線のかなたまで続いている。
それをを見て俺は王都がいかに巨大なものかを思い知らされた。そのスケールに俺はただ圧倒される。
「エレナ様と護送対象一名を確認!開門を許可する!」
「開けー門!!」
衛兵達がそう怒鳴ると、重厚な音を立てて門は開きだした。
「何だこれ‥‥‥?」
門の向こうはすごく不思議な道具で溢れていた。
空中を椅子のようなものが人を乗せて飛んでいたり、街の至る所に水球が浮かんでいたり、薪がくべられる様子もないのに絶えず火を吹き続ける竈があったり‥‥‥。
どれも見たことのないものばかりだ。
「ここが王都キオン。ユーゼント王国の文字通り中心に位置し、経済、文化の中心でもあります。
‥‥‥見たら分かると思いますが、ここ王都では魔道具が民の暮らしに大きく関わっています」
「え?魔道具って、もっとレアなものじゃなかったのか‥‥‥?」
「ええ、少し前まではそうでしたよ。ですが、長い研究の末、模様が描ける素材ならなんにでも魔方陣を定着させることができるようになりました。
これによって、魔法使いのなかで魔道具が爆発的に普及していったんです」
「なるほどな、じゃあここは魔法使いがたくさんいる街ってことだな」
思えば、テンデルにはこんな便利な道具は一つもなかった。あそこでは、荷物を運ぶのは家畜、水を供給するのは井戸、炎を出すのは薪だったのだ。
恐らく、王都と地方では魔法使いの数に差があるのだろう、と俺は考えた。
だが、
「いえ。王都も魔法使いの占める割合は二割程度。テンデルよりちょっぴり多いくらいです」
とエレナは答えた。どうやら俺の予想は的外れのようだ。
「庶民の生活に魔道具が普及したのは、実はつい最近のことなんです。
実は今まで、マナを一般人は全く持たないと考えられていました。
ですがどんな生物にも僅かながらマナが流れていることと、そのマナの増幅陣を一人で発見した人がいるんです。
‥‥‥先生のことですよ」
「えっ?そうなの!?」
「はい。その手柄こそ学会に取られてしまいましたが、民の生活が良くなったのならそれでいい‥‥‥
と、先生は言ってました」
エレナは話しながら得意気な顔をしていた。
だが、俺には一つの疑問が浮かんだ。
「なあ、どうしてそんな便利なものが地方に普及しないんだ?」
「それは‥‥‥国の方針で、魔道具は王都でしか使えないことになっているんです。私もなぜそうなっているのかまでは‥‥‥」
そう言って、エレナは少し暗い顔をした。
◇ ◇ ◇
「着きました。ここが賢者のいる〈叡知の塔〉です」
門から一時間ほど歩いてついたのは、天に向かってそびえ立っている巨大な塔だった。
「大丈夫です、私はあなたの味方ですから、できる限りのことはしますよ」
評議をひかえて緊張している俺を見てか、エレナはそう言った。
お陰で俺の強張った顔もだんだんほぐれてゆく。
だが、その直後だった。
ドンッ!!
急に俺の背中に衝撃が加わった。
後ろを見ると、そこには髭をたくわえた大男が立っている。
「ふむ。なぜ神聖なる〈叡知の塔〉の前で平民がたむろしているのかね?」
明らかに見下すような態度で、大男はそう威圧的に言いはなった。
「アルバーン殿、そのような言葉はお止めください。聖騎士としての品格が問われますよ」
エレナも負けじと応戦する。
そのまま、二人はしばらくにらみ合いを続けた。
にしても、礼儀正しいエレナがこうも悪態を突くとは‥‥‥
よほど因縁が深いのだろうか。
「ふむ。そのネズミが、例の危険因子だったかな?」
しばらくして、大男は口を開いた。
「ネズミではありません。ナギです。それに、ナギは危険因子などでは‥‥‥‥」
「そんなことはどうでもよい。私は、ただそのネズミを殺処分し、お前を更迭する。
‥‥‥純粋な政治を実現するためにな!」
そう吐き捨て、大男は去っていった。
「すみません。不快な思いをさせてしまって‥‥‥」
「いや、エレナのせいじゃない。それより、あいつは誰だ?」
「あれは聖騎士団長のアルバーンです。純血派の思想を掲げています。
恐らく、この〈評議〉では、あれをどうにかしないと‥‥‥」
「どうなるんだ?」
「最悪、処刑されます」
処刑。
せっかく自由になりかけていたのに。
その言葉は、鉛のように重くのし掛かってきた。
(いや、‥‥‥ここさえ切り抜ければ、俺は自由だ!)
「エレナ、協力してくれよ」
「もちろんです!」
「‥‥‥よし、行くぞ!!」
そう言って、俺たちは〈叡知の塔〉に足を踏み入れた。