第12話 魔道具
「着いた。ここがワシの研究所じゃ。どうだ、なかなかいい所じゃろ?」
「ここが‥‥‥研究所‥‥‥?」
俺は言葉に詰まった。何故なら、そこにはとても研究員都は思えないほど幼い子供たちがたくさん居たからだ。
「あ、せんせー!おかえりー!」
「エレナおねーちゃんかえってきてくれたんだ!わーい、あそんで!!」
先程まで研究所(?)奥に備え付けられた遊具で遊んでいた子供たちが、一斉に駆け寄ってくる。
「ふぉっふぉ。悪いが、先生にはお客さんが来ておるのでのう。終わるまで、エレナと一緒に遊ぶといい。
皆、良い子にできるな?」
「はーい!」
「わかったー!」
教授の言うことを、子供たちはびっくりするほど素直に聞いた。それだけ慕われてるということだろう。
「エレナおねーちゃん、あーそぼっ!」
「たかいたかいやってやって!」
「ぼくおにごっこがいいなー!」
やがて、子供たちの楽しそうな声と共にエレナは遠くの遊具の元へ行ってしまった。
「さてと、待たせたな、ナギよ」
そう言って教授は俺の近くの芝に腰を下ろした。それに合わせて俺も座り込む。
「ナギ。お主にはあの子供たちはどう見える?」
「どうって‥‥‥そうだな、幸せそうに見えるよ。みんな笑ってるし」
「そうか、そうか。実はな、あの子供たちは全員親を戦争のせいでで亡くしておるんじゃ。エレナを含めてな」
「えっ‥‥‥?」
俺は絶句してしまった。あんなに凛々しいエレナが、あんなに朗らかに笑っている子供たちが、そんな悲しい過去を背負っているなんて信じられなかった。
「驚いたか?まぁ、ワシがであったばかりの頃はみんな泣きじゃくっておったがのう。
笑顔を取り戻すまでは、長い時間がかかった‥‥‥」
重々しい雰囲気で教授は続けた。
「ワシは許せんのじゃ。人々から全てを奪う戦争が。
じゃが、それ以上に許せんのが‥‥‥その戦争に荷担した、自分自身じゃよ」
俺は、再び絶句した。
(こんな優しそうな人が戦争に協力するだなんて‥‥‥)
「あの〈極大戦術魔方陣〉を開発したのはワシじゃ。
じゃが、その設計図を誰かが持ち出し、灰原で起動した‥‥‥ワシに秘密にしてな」
「そんな‥‥‥」
「じゃが、ワシがそんなおぞましいものを作らなければあんな悲劇も起こらなかった。
それからワシは、一生を贖罪に使うことを決めたんじゃ‥‥‥」
「それでも、死ぬのは違うだろ?‥‥‥誰もそんなこと望んじゃいない、みんながあなたに生きていてほしいんだよ」
「‥‥‥その通りじゃな、ワシはただ死んで楽になりたかっただけなのかもしれん。
じゃが、あれを見て思い直したよ」
教授は楽しそうに遊んでいる子供たちを指差した。
「みんな、ワシを待っていた。それだけでも、生きる価値はあるものじゃな」
そう言って、教授は独特な笑い声を響かせた‥‥‥。
◇ ◇ ◇
「さあ、召し上がれ!」
エレナが子供たちに夕食を配る。
「わーい!」
「いただきまーす!」
子供たちは、料理を受けとるとものすごい早さでそれを口のなかに入れていた。
「ふぉっふぉ。焦らなくとも料理は逃げんぞ、落ち着いて食べなさい」
「「「はーい!」」」
やはり、子供たちは素直に教授の言うことを聞くようだ。
「さあ、ナギも食べてください」
「ああ、ありがとう」
俺は、大盛りの器に入ったシチューを受けとる。
いかにもうまそうな香りが漂ってきた。
「エレナにはたまに子供たちの世話を頼んでおってな。
料理などはワシより上手くなったんじゃよ」
俺は、期待して一口目を口に運んだ。
(うまい‥‥‥!)
ほどよく煮られた野菜を、クリームがうまく引き立てている。現実で食べたことのあるどんなシチューよりも旨かった。
「どうじゃ、エレナのシチューの味は?」
「かなり旨いよ。ありがとう、エレナ」
エレナは顔を赤くして、目をそらしてしまった。
「食事が終わったら、お主に渡したいものがある。エレナと共に、地下室まで来ておくれ」
教授はそう俺に伝えると、一足先に食事を終えて食堂を出ていった。
「全く、先生ったら‥‥‥食器はちゃんと流し台に持っていってくださいよ!」
エレナは文句を言いつつも、手際よく食器を片付けていた。
◇ ◇ ◇
「さてと、お主に渡したいものがあるんじゃ」
俺とエレナが地下室につくと、教授はゆっくりと話し始めた。
地下室は思いの外広く、研究器具のようなものや、難しそうな書類が所狭しと並んでいた。
(研究所ってのは、本当だったんだな‥‥‥)
俺は一人感心していた。
「まず、一つ目はこれじゃ。この〈記録〉を授けよう」
そう言って、教授は俺に小さな水晶のようなものを差し出した。
「これは‥‥‥?」
「お主が我々を助けてくれた証拠じゃ。
‥‥‥エレナ、ナギの監視はまだ継続しているのじゃろう?」
「はい。明日王都に報告することになっています」
「ならば、これを賢者達に見せるとよい。そうすれば、ナギは自由の身になれるはずじゃ」
なるほど、この国に貢献した証拠を見せて自分が脅威では無いことを証明する、というわけか。
「そして、もう一つお主に渡したいものがある。‥‥‥これじゃ」
今度は俺は眼を象ったようなペンダントをもらった。
「先生!それは‥‥‥!」
「いいんじゃ。ワシが持っていても宝の持ち腐れというものじゃよ」
エレナは少し考え込むような表情をすると、俺の方に向き直った。
「ナギ。それは先生が持つ最高の魔道具、〈マイヤーズの魔眼〉です。‥‥‥どうか、大事にしてください」
「そんなに凄いものなのか?」
「お主が使ってくれるなら本望じゃよ」
そう言って、教授は俺の首にそれをかけた。
「ありがとう、大事にするよ」
教授は俺を見て、満足そうに頷いた。
その時、
「エレナ様!お時間です!護送に参りました!」
玄関から、兵士の野太い声が聞こえてきた。
「それじゃあ、行きなさい。エレナ、ナギ、諸君らに神の加護があらんことを‥‥‥」
「行ってきます、先生!」
「ありがとう。行ってくるよ、教授」
俺たちはそう告げると、王都に向かう馬車に乗り込んだ‥‥‥。