第11話 灰原の復活
「着きました。ここが魔方陣の動力炉です」
エレナが俺に見せたのは、魔方陣の中心にある手形のようなものだった。
「ここに手を当て、術者のマナを注ぎ込むことで魔方陣は作動します。
十年前はここにさらに連結陣を組み込み、王国聖騎士1000名の力を使って実験を行ったそうです」
「でも、失敗したんだろ?」
「‥‥‥はい。原因は恐らくマナの供給不足です。それで動力炉が異常を起こして暴発した
‥‥‥というのが、事故後に行われた調査の結論です」
「なるほどな‥‥‥だからマナの多い俺が、ここに呼ばれたってことか」
「その通りです。魔方陣の破壊も、作動させるときと同等以上のマナを使います。
この〈極大戦術魔方陣〉は、放置していると周りに魔力汚染が拡大してしまうので‥‥‥」
「そうなのか。それで、破壊ってどうやるんだ?」
「破壊方法は簡単です。そこの手形に左右逆に手を当てて、マナを流すだけです。
そうすれば周期のずれたマナが魔方陣内を逆流し、陣は内部崩壊を起こします」
「オーケー。こうすればいいんだな。
‥‥‥じゃあ、やるぞ!!」
そう言って、俺はエレナに言われた通りに手を置く。そして、ありったけのマナを流そうと集中した‥‥‥だが。
「待つのじゃあ!!!」
突然上空から響いてきた声のせいで、俺の集中は一瞬で切れてしまった。上を見ると、何やら四角い絨毯のようなものが浮いている。
それはゆっくりと降下し、やがて灰色の地面に着地した。
そこには、一人の老人が立っていた。
「先生!?どうしてここに‥‥‥?」
エレナはその老人を見るやいなや、驚いたような心配するような顔をした。
「駄目です!こんなところに来られては‥‥‥また体調を崩されたらどうするんです!」
「ほっほ。お前は十分大きくなった。ワシがいなくなっても、どうということはあるまい。
それに、ワシはまだまだ現役じゃからのう。
ここで倒れるほどやわではないわい!」
そう言って、老人は慈愛に満ちた目をエレナに向ける。
(何だ?ふたりは知り合いなのか‥‥‥?)
そう考えていると、老人は俺の方に近寄ってきた。
「ふむ。お主がナギか。エレナから話は聞いておるぞ‥‥‥ユーゼント王国の危険因子になりうる存在だとな」
そう言われて、俺は顔がひきつった。その顔を、老人はまじまじと覗きこむ。
「待ってください、先生!ナギは‥‥‥」
「はっはっはっ!危険とはもっとも縁遠いやつじゃあないか!」
老人はとても陽気な笑い声をあげた。それから再び俺の顔を見つめ、
「ナギよ。ワシの名はドブレコール。
昔王立魔法学院で教鞭をとっていたこともあって、皆には教授や先生などとと呼ばれておるが‥‥‥まぁ、好きに呼んでよい。
早速だが、お主に頼みがあるのじゃが‥‥‥」
「先生!まさかあれをやるつもりですか!?危険です!そんなことをしては‥‥‥」
「エレナよ。ワシは今まで贖罪のために生きてきたのだ‥‥‥止めるでない」
うろたえるエレナを制止すると、教授は〈極大戦術魔方陣〉に何か書き加えてゆく。それを見ながら、エレナは泣きそうな顔をしていた。
「エレナ。教授は何をする気なんだ?」
「‥‥‥魔方陣を作り替えようとしているんです。大地を破壊するものから浄化するものへ‥‥‥
でも‥‥‥‥‥‥‥!」
そこまで言って、エレナはふさぎこんでしまった。
どうやら、相当のリスクを伴うことをやっているようだ‥‥‥。
「終わった。ナギよ、こっちにきておくれ。お主にやってもらうことは簡単じゃ。
ワシの手にこいつをくまなく塗っておくれ。」
そう言って、教授は真っ青な液体の入った瓶を俺に差し出した。
「なあ、これで何をする気なんだ‥‥‥?」
「なに、ワシの全てのマナと引き替えに、この土地を浄化するだけじゃよ。
何も特別なことをするつもりは無いわい」
そう言って教授は笑っていたが、俺にもそれが嘘だというのは分かった。
「さあ、早く塗っておくれ。その後は、ワシが手形に触れるだけで術は完了じゃ」
「‥‥‥あなたとエレナがどういう関係かは分からないけど‥‥‥あなたはまだエレナにまだ必要とされてるんじゃないか?」
「ふぉっふぉ。言ったじゃろう、何も特別なことをする気はないと」
そう言う教授は笑い声こそ立てているものの、目は死んでいる。恐らく、この人は死ぬ気だろう。
(流石に目の前で人が死ぬのはな‥‥‥)
そう思って、俺は瓶の中身を全て自分の手に振りかけた。
「な‥‥‥‥‥‥!」
教授はそれを見て呆気にとられている。
「お主、死ぬ気か!?やめるんじゃ!!これは私の仕事‥‥‥」
「死ぬことが仕事なんて言わないでください、先生!!」
その時、エレナが泣きながら叫んだ。
「先生は私を育ててくれた!私を導いてくれた!贖罪なんてしなくたって‥‥‥私はあの生活が幸せだった!
なのに‥‥‥簡単に死ぬなんて言わないで!!!」
「だってよ、教授。生徒の願いを聞いてやったら?」
俺は、そう言って青く塗られた手を手形に押し付けた。その瞬間、魔方陣全体がまばゆい光に包まれる。
「待て!無茶だ!それは‥‥‥聖騎士1000人の魔力をもってしても‥‥‥!!」
「まあ見ててくれよ。俺か全部うまくやって見せる‥‥‥!」
そのまま俺はマナを注ぎ続けた。
すると‥‥‥
「何これ‥‥‥草原に‥‥‥色がついていってる!?」
魔方陣を中心として、草木が自然な色彩を取り戻してゆく。ミュータントの死骸は蒸発し、そこからは色とりどりの花が咲き始めた。
「信じられん‥‥‥まさかこんな‥‥‥!」
教授が驚嘆の声を漏らす。そしてその頃には、地平線の向こうまで緑が復活していた。
「どうだ、成功か?」
「ああ‥‥‥神をみた気分じゃよ‥‥‥」
「ナギ‥‥‥私からも改めてお礼を言わせてください。先生を‥‥‥灰原を‥‥‥救ってくれてありがとう‥‥‥!!」
二人とも泣きながらも喜んでいた。それを見て、俺も安心する。
「ナギ、お主は恩人じゃ。どうかお礼をしたい。ワシの研究所まで案内したいのじゃが、どうかな?」
「ナギ、私からもお願いします」
「そうだな‥‥‥まぁ、監視も続いて退屈だったし、行ってみるのも悪く無いかな!」
そして、俺は教授の家に向かった‥‥‥。