第10話 不意打ち
俺が瞬きをした一瞬の間に、<異形>の胴体は真っ二つになっていた。
体液が周囲に飛び散る。生命力が強いのか、それは斬られた後も地面をのたうち回り続けていた。
「ギィィィィィ!!!」
そんな奇声とともに、一匹の<異形>がどす黒い液体をエレナに吐きかけた。だが、それは一滴たりともエレナに命中することはない。ただ地面の草を溶かすだけの結果に終わってしまった。
その間にもエレナは剣をふるい続ける。すでに数十体は斬ったはずなのに、疲れるそぶりは全く見せない。
それどころか、その表情は一層険しくなり、それに合わせて剣の勢いもより強くなっていた。
(すごい‥‥‥!なんであんなに速く動けるんだ!?)
もはや人間の動きとは思えなかった。目で追うのすら困難だ。
「この‥‥‥忌々しい‥‥‥<異形>め!」
血の雨が降り注ぐ中、かすかにそんな声が聞こえた。
◇ ◇ ◇
結局、エレナは三分足らずで<異形>の群れをせん滅させてしまった。辺りにはおびただしい数の死骸が散乱し、胸がむかつくような死臭が立ち込める。
「ふぅ‥‥‥。終わりましたよ」
エレナは平然とした様子で俺にそう伝えた。その姿は戦う前と全く変わらず、返り血の一滴も浴びていなかった。
「さぁ、では行きましょうか。<異形>の毒液で足元がぬかるんでいるので気を付けてください」
「ああ‥‥‥ありがとう」
まだあっけにとられてる俺をよそに、エレナはさっさと歩き始めた。慌てて俺もそれに続く。
(にしても‥‥‥ここまで強いとは思っていなかったな‥‥‥)
そう思い、俺はさっきいたところを振り返った。とても女性一人がこれをやったとは思えない。この世界では、見た目だけで強さを判断してはいけないということか。
しかし。
(妙だな‥‥‥?)
死骸を見ていると、どうも引っかかることがあった。
先ほどまで切断されてなおあれだけのたうち回っていた<異形>が、今では全く動いていない。
(死んだのか‥‥‥?)
いや、違う。
最初に斬られた奴ですら戦闘が終わるころまで跳ね回っていた。だが、今はすべての<異形>を斬ってから一分もたっていない。
ということは‥‥‥
「ギ‥‥‥ィィ‥‥‥!」
最後の力を振り絞ってか、一匹の<異形>が毒液を噴射した。それは放物線をかきながらエレナの元へ向かってゆく。しかし、エレナは後ろを向いているからかそれに全く気付いていない。
(やばい!このままじゃ‥‥‥!)
叫んでエレナに気付かせるか?いや、そんな時間はもう残っていない。
俺の服をうまく使えば防げるか?だめだ、とても布数枚でどうにかできる量とは思えない‥‥‥。
いい策など何一つ思い浮かばなかった。
だが、その時‥‥‥
『私ヲ‥‥‥使ッテクダサイ‥‥‥』
頭の中に直接声が響いてくる。間違いない。この声は‥‥‥
ニケだ。
『マスター。今コソ<戦闘状態>ヲ‥‥‥』
そうか、その力を使えば‥‥‥!
「<戦闘状態>移行!!」
そう叫ぶと同時に体の内から力が溢れてきた。
(思った通りだ、これならいける!)
地面を蹴ると、周囲に大きな亀裂が走った。俺は毒液に向かって一直線に跳躍する。
「おおぉぉぉぉぉ!!!」
俺は雄叫びを上げて剣を振るった。そこから風を切る音とともに、すさまじい風圧が発生する。
ビュオッ!!!
次の瞬間、毒液はすっかり霧散してしまった。その霧すらも風で押し流されてゆく。
「ギ‥‥‥イィィィィィィイ!!!」
すると、さっきまで死んだふりをしていた<異形>が一斉に動き出した。今度は俺を狙って口を開き、身体を膨張させる。
だが。
ドドドドドッ!!!
素早くエレナが、すべての<異形>を切り裂いた。
「すみません‥‥‥護衛でありながら、あなたを戦わせてしまうとは‥‥‥」
エレナが悔しそうな顔で俺に謝った。
「いや、何も謝ることはないだろ。怪我がないならそれが一番だ」
「そうですね‥‥‥ありがとう、助けてくれて」
その時初めて、エレナは俺に笑顔を見せてくれた。その顔は、ちょっと赤らんで照れくさがっているようにも見えたが、とても美しかった。
(‥‥‥やっぱり、根はいいやつなのかもしれないな‥‥‥)
俺は心の中でそうつぶやいた。