Prolog
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「なぁ、お前はどう思う?」
突然の問いかけに、そいつはほんの少しだけ悩むような素振りをしてからこう答えた。
「分からない。」
悩むような素振りとは裏腹に、前から決まっていたみたいな口ぶりだった。
会話は途切れた。そいつとはとうの昔に気を遣うような中ではない。無理に話題を探すこともなく、側に置かれたスクイズボトルに手を伸ばした。ヘッドフォンをつけようか迷って結局床に放った。
そいつと話しているのを思い出したからだった。
話していることを忘れてしまうくらいこの会話は当たり前でどうでもいい内容だった。
気まずい無言の時間を無くすために、互いに解りきっていることを確認し合っているような会話。
俺は、そういう無駄な会話が好きだった。
ほんの一瞬でも自分が周りと同じく無駄な気を使って、無駄な体裁を取り繕っているような錯覚に陥ることが出来るからだ。
実際そいつとそんな会話をすることはほぼ無い。何回も言うようだけどそいつとは気を遣うような間柄では無いからだ。
つまり、俺が言いたいのはこの会話が稀に見る珍しい会話である。ということである。
「俺には、何もわかんないよ。×××が正義なのか、悪なのかすら。いや、あれの事を理解できる人間なんてモノは初めっからいなかったか。」
数分前に終わったと思っていた会話はそいつの中では、まだ続いていたようだった。
「×××を理解する…か。そんなの人間どころか妖にも異形にも神様にだって出来やしないよ。」
そう、あいつはいつだって理解なんかされなかった。出来なかったし、したくもなかった。
本当の意味であいつをあいつというのは俺だけ。
あいつを知っている奴はあいつを恐れ敬う。
知れば知る程あれと呼ぶしかなくなっていく。
「あれの隣に居たいなんていう人でなしはお前くらいだよ。俺なら絶対にやだね。……いや、そうじゃないな。俺にはあれに近づくことすら出来ない。俺だけじゃないさ。皆そうだ。人間も妖も怪異も世界も神様も。みんな等しくあれの玩具だ。違うのはお前だけ。なんてったって、あれに必要とされてるんだからな。そんなお前も、あれと同じだ。お前は理解もされなければ共感もされない。絶対に。」
「そうかもね。でも俺とあいつは違うよ。俺なんかあいつには全然及ばねぇさ。」
そいつは口の端を少しあげて笑った。
「当たり前だろ。及んじゃったらその時は本当に世界の終わりだ。あんなのが2つ分なんて重みに耐えきれなくなった地球が壊れちまっても不思議じゃない。」
たしかにそうだ。ただ単純にそう思った。
「どちらにせよ、俺はあいつと同じにはなれねえよ。」
「あいつは特別。」
そうだ。あいつは特別で
「あいつは、」
あいつは、
「死神だから。」
どうしようもなく、可哀想な奴なのだ。