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「それは勿論、あの女―――メアリー・レイテッドの首を刈り取りに」にたぁ。「奴は愚民の分際で、我等“ロンジャ”に歯向かった赦されざる者。その罪、命を以ってしか償えぬ」
首に、ロンジャ?彼女は何を言っているんだ?大体、幾ら相手がテロリストだと言って、逮捕もまだの犯罪者を私的に処すなど……まさか、
「黒、君は―――暗殺者、と言う奴なのか……?」
仮にそうなら女性とは思えない怪力と、人間離れしたこの殺気に説明が付く。Drの被害者、例えば娘と片腕を失ったダン・ルマンディ、彼の親類縁者が殺害依頼を出した?にしては幾ら何でも仕事が高速過ぎるが、
「だとしたら依頼でもなさいますか?」
「っ!!?」
予想外の問い掛けに動揺する私を、彼女は可笑しくて仕様が無いと言いたげに見つめた。
「自他共に巧く取り繕っているようですが、本業の私には滑稽な虚飾しか映らぬ。壬堂 文斗―――お前は復讐を望んでいる。それも、誰より強く」
「違う!!!」
腹の奥から競り上がってきた憤怒に駆られ、力量の差も忘れて銃口を向ける。
「た、確かに私は、先輩をあんな酷い目に遭わせたカルト教団を……カルドゥーネを一時期憎悪していた。政府が保管する爆薬を拝借して、片っ端から奴等のアジトを爆破してしまいたくなる程に」
―――……馬鹿は止めるんだ、馬鹿は……。
昏睡状態の内での一言だ。当然本人は記憶していないだろう。それでも道を誤りかけた私を諫めるには充分過ぎた。
「それは残念。件の教団は、我等とも多少縁がある。この機会に滅するも一興かと思ったのだが」
「御期待に添えず申し訳無い。それに私は妻子もある貧乏公務員なんだ。依頼しようにも、肝心の報酬が払えそうにない」
「でしょうね。何せ元上司とは言え、病気の女に易々と奢られる有様」
「ぐっ!?」
あなただって先輩のお金でクラブサンドを頬張っていたくせに!咽喉元まで出かかった突っ込みを危うく飲み込む。ここで彼女の機嫌を損ねるのは拙い、それも非常に。
「そうですね。では、班員のよしみで一つ忠告を―――壬堂 文斗。その懸想、何時か仇になりますよ」
矛を脇に収め、狂気の金眼を封印する。
「安心して下さい、昨日の会食の礼もあります。邪魔立てしない限り、あなたと班長を斬り伏せる気はありません」
う。選りにも選って、こんな場面で恩を返される羽目になるとは……だが、
「―――駄目だ、黒」ガチャッ。「私は政府員だ。どんな理由であれ、目の前で起こる殺人は止めなければならない」
私の行動などとうに予想済みだったらしく、利き腕を銃口に狙われた尼僧は平然そのものだ。
「そう、矢張り立ち塞がるのですね。班長でなく、あなたが現れた時点で自明の理でしたが」
何?
「占術です、俗世で近いのは四柱推命とやらですか。尤も“ロンジャ”の編み出せしあれは、代々継承者にしか読み解けぬ程複雑怪奇な物ですが」
「その、結果は」
「障害有。排除せぬ限り成果は上がらず。つまりは」
「!!?」
咄嗟に残像の先へ銃口を向け、トリガーへ掛けた人差し指へ力を籠める。
バンバンッ!!「っなっ!?」
至近距離、しかも音速を超えた弾丸が捕らえたのはだが、背後の樹の幹だ。僧服に掠れ傷一つ作らず、呆れた黒は再度禁忌の眼を開く。
「折角一息に葬って差し上げようと思ったのですが、仕方ありませんね」
「は、話が違う!」
「戯言に決まっているだろう、阿呆が」
侮蔑の言葉と同時に矛が唸り、星瞬く空に高々と振り上げられる。そして駿足で間合いを詰め、黒は昨日と寸分違わぬ笑顔で別れを告げた。
「あなたとのお喋りは飽きました。さよう」ピーーーーッッッ!!!「!!?」「か、確保の合図だ……」ザシュッ!
右腕スレスレを薙いだ矛に因り、雑草が残らず刈り取られた。物言わぬ青き生命を払い除け、尼僧は一瞬般若にも似た形相を表す。
「そうか、止むを得ない……無駄な足掻きは我等の作法に反する。ここは見逃して差し上げましょう。壬堂さん、あなたも」
「え……?あ、ああ……」
命の危機が去ったと悟った次の瞬間。全身の緊張が一気に解け、ドサッ!私は手すら付けないまま地面へ倒れ込んだ。溢れ出る冷や汗が迷彩服の下を伝う不快感と共に、意識が急速に薄れていく。
「全く、つくづく軟弱な愚民だ」
溜息と同時にグイッ。仰向けに横たえられ、呼吸が楽になる。何だ、ちゃんと救護班らしい事も出来るんじゃないか……。
「だが覚えておけ、メアリー・レイテッドよ―――にもしもがあれば、必ずや我がお前を葬ってくれようぞ―――」