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ザシュッ!「っ!?先輩!!?」
森へ突入して数分後。植物や鳥達の攻撃とは明らかに異なる、異様な風切り音が耳に届いた。
逸る感情を抑え切れず、私は踏み固められた道を外れた。獣道を辿り、急ぎ音のした方角へ向かう。
「先輩!」バシュッ!「いるなら返事して下さい、東雲先輩!!」
待て、妙だぞ。Dr達と交戦中なら、何故先程から銃声がしていない?私と黒以外の隊員は銃器を携帯していた筈だ。
(弾切れか、或いは……いや、可能性が一パーセントでもある以上、確かめる以外選択肢は無い)
歩を進める事三分、ようやく現場に到着。そこにあったのは、先輩の無残な姿では無かった。が、到底胸を撫で下ろす事も出来なかった。何故ならば、
「―――ああ。先程から誰か騒いでいると思えば、矢張り壬堂さんでしたか」
相変わらず瞼を閉ざした尼僧が軽く会釈。底知れぬ微笑みを浮かべた白い頬はだが、下方から飛び散った血に因って赤く穢れていた。
「く、黒!あなた、一体何をやっているのですか……!?」
果たして如何な手品を用いて持ち込んだのか、彼女の手には二メートル以上の長い矛が収まっていた。その妖しく波打った刃をザシュ!痙攣の止まぬ隊員の咽喉元から引き抜き、続く一薙ぎで血液を振り掃う。
先程の鳥達にやられたらしく、倒れた彼は全身のあちこちを啄ばまれ無残な有様だ。が、よく観察してみれば、何れの怪我も致命傷には程遠い。特に防刃ジャケットが良い働きをし、胴体部分はほぼ無傷だ。
「御覧の通り介錯ですよ。見て分かりませんか」
「!?そ、そのような真似、救護班の任務では……!」
視線を逸らし、奥に倒れたもう一人を見やる。こちらも根が片腕を貫通しているものの、死の救いが必要とは到底思えない状態だ。致命傷は一目瞭然。目の前の凶悪な刃物に因る、頚動脈切断からの失血死だ。
「衆生の救済は悪だと?」
冷笑。蝋人形じみた首を傾げる様にゾッとなりつつ、私は命知らずにも警告を飛ばした。
「……ええ。バレたら始末書では済みませんよ」
「ああ。予想通り大甘ですね、壬堂さんは」
にぃ。
「生憎班長はこちらへ来ていませんよ。もういいでしょう。私はこれで」
「待て!」
自分が制作した遺体を躊躇無く踏み越え、森の奥へ進まんとする殺人鬼を呼び止める。
「はい。急いでいるので手短にお願いします」
「では単刀直入に。黒、あなたがここにやって来た本当の理由は何です?」
この尋常で無い光景の前では、最早疑うべくも無い。先輩と同じくこの尼僧もまた、個人的な目的でこの極秘任務へ参加したのだ、と。
質問に、彼女は無言のままゆっくりと瞼を開く―――見開かれた先にあったのは、昏き深淵の色に染まる白目。中央で爛々と輝く狂いの金瞳に、覗き込んだ私の精神は瞬時に冒された。
「あ、あ……!」
予感は最悪の形で的中した。常人が決して関わってはならぬ存在が、完璧な形の唇を開いた。