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対峙した野原へ両手を着き、緑髪の少女が絶叫。次の瞬間、地面の激しい揺れを感じたかと思うと、左脚を未体験の激痛が襲った。
「ぎゃあぁっっ!!?」
「文斗っ!?止めるんだ、桜!!」
咄嗟に肩を支えてくれた先輩が声を張り上げるも、訴えは他の隊員達の放つ阿鼻叫喚に遮られる。一方、血がダクダク溢れ出す太腿を左手で押さえ、私は堪え切れずその場へ蹲った。
最後に見えたのは脱力した少女を抱える、Drの細い両腕。そして連れの男子達とライオンを引き連れ、森へ走り去って行く後ろ姿だ。
「おい、しっかりしろ!?待ってろ、今手当てを」
「だ、大丈夫です……!私なんかより、先輩は早くあの子を追って下さい……!!」
―――作戦の参加理由か……済まない、その話は帰ってからにさせてくれ。お互い無事に戻れたら、な。
この状況、鈍い私も流石に理解した。あの少女を救出するため、先輩はこの極秘任務へ志願したのだ、と。
「文斗……済まない、感謝する」
言うなり素早く立ち上がり、アサルトライフルの銃口を振りつつ命じた。
「幸い致命傷ではない、止血して安静にしていろ。あと、班長命令だ―――私が戻るまで絶対に死ぬな!返事は!?」
「い、イエッサー!」
承諾の意を受け、先輩は追跡を開始。祈りを籠めてその後背を見送った後、体勢を変え尻を地面へと着ける。
「これは、木の根か……?」
どうやらこれを地より一斉に数十本射出させ、例の悪夢の如き攻撃を仕掛けたらしい。それもあんな、まだあどけない幼女が。
(毒があるなら早く摘出すべきだが、いや)
恐る恐る大腿部の裏へ手を回すと、尖った先端に中指を引っ掻かれた。矢張り貫通していたか。ならば下手に栓を外すのは逆に拙い。幸いにも出血は止まりかけているし、一先ず放置しておこう。
「黒!無事か!?……黒?近くにいるなら返事をしてくれ!!」
班員を大声で呼びつつ周囲を見回すが、倒れているのは自分と同じ迷彩服ばかりだ。内数人は、まだ微かに息がある。が、瞬きと同時に二度と動かなくなった。どうやら失血と幽かな希望が見せた、胸の悪くなる酷な幻だったようだ。
尼僧の不在を確認後、激痛を堪えつつ二メートル程左に放り出された救護鞄へと這う。チクチクと皮膚を刺す雑草の感触に、先週妻子と訪れた公園の芝生を思い出した。
まずは包帯を取り出し、凶器ごと患部をキツく縛る。が、まだこれでは到底先輩を追えない。脚の付け根へ持参のモルヒネを打つ。効果は覿面。足の甲を引き摺りながらではあるものの、僅か数分で歩けるまでに痛みが薄れた。
「良し………何だ、このわっ!!?」
突然頭上の闇が蠢き始め、驚愕の余り再度転倒。見上げて再度我が目を疑う。暗黒の正体は、森を覆い尽くさんばかりの鳥の大軍だ!
銃声、悲鳴、そして断末魔の絶叫。真上で荒れ狂う大嵐に負傷兵は大人しく伏せ、両耳を塞ぎ、気配を殺して堪えるしかなかった。少しでも頭を上げたが最後、奴等の嘴が私の首から上を石榴にしてしまうに違いない。
果たして何分経過しただろう。訪れた静寂に恐る恐る両掌を外し、警戒しつつ立ち上がる。そして顔を上げ―――そのまま天を仰ぐ。
「何と言う事だ……」
先程より見通しが良くなった草原を見渡す。二回の攻撃で被害を受け、横たわる三分の二の隊員達。加えて彼等は一目瞭然な程、私の手当てを必要としていなかった。
「あ……う、ぁ………」
余りに一瞬の出来事過ぎて、言葉が出て来なかった。私達はひょっとして、とんでもない悪魔に戦いを挑んでしまったのでは……。
「せ……先輩を連れ戻して早く……逃げ、ないと……」
研修の適性検査通りだ、私は兵士にからっきし向いていない。先輩の顔を必死で思い浮かべ、一刻も早くトラックへ引き返し、跳び乗りたい衝動をどうにか押さえ込んだ。
死の恐怖を堪え一歩踏み出すも、矢張りかなり危ういバランス。このまま森へ突入など自殺行為だ。ただでさえ別行動から既に時間が経過している。最早一刻の猶予も無い。
私は進路を若干変更し、近くで倒れる仲間の元へ。尤も用は本人ではなく、彼の隣でうっすら硝煙を立ち昇らせるスコープ付きライフルだ。
「済みません、少しお借りします」ガチャッ!「っと!」
銃口を地面に突き立て、杖代わりに半身を支える。銃器の使い方がなっていない私を、血達磨と化した持ち主は虚ろな目で睨み付けた。