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アンソリテール 〜Dreamer's Card〜  作者: 姫蝶 火織
第1章 カードの世界
6/15

第5話 『思い出』

熱を出していて更新が遅れました。

 明石工科大学附属小学校、そこが鈴と托矢の母校で、二人の出会った場所である。



 小学校に入学したばかりの頃、鈴はいつも誰かと一緒にいた。今の彼からは考えられない様な事だが、その時期の鈴はごく普通の小学生に他ならなかったのだ。

 しかし高学年になるにつれて、托矢以外は誰も鈴に近付かなくなった。


 理由は主に二つある。

 まず、鈴は誰とでも仲良くしたが、誰にも自分の本心や真意を明かさない。表面上は信頼関係を築いているように見えて、誰に対しても一定の距離を取っていた。


 さすがに、これにはっきり気付く人はいなかったが、近寄り難い雰囲気はある。

 それは鈴が、その人を相手にする意味が無いと判断したからなのであって、例外もいた。


 また、鈴は幼稚な人をとことん嫌った。常識の無い言動をする人や理屈が通じない相手を好きにはなれないだろうが、小学生ではまだ仕方のない部分ではある。


 簡単にいうと、鈴は精神的な成長が早すぎる上に、他人を拒絶する傾向にあった。この原因については少し後に書こう。


 そうして、時期に違いはあれど多くの人が離れていく中で、最後まで残ったのが托矢だった。

 托矢は明るい性格をしていてよく冗談を言ったりもしたが、しっかりと場を弁えており、幼い頃から良識のある行動をした。


 そんな二人はいつしか仲良くなり、その後はごく普通に親交を深めていくことになる。そして精神が荒れていた鈴は、托矢のお陰で随分と優しくなった。


 とまあ、ここまで言えばお気付きの方も多いだろうが、実は鈴と実佳はかなり性格が似ている。にもかかわらず托矢との関係がここまで違うのは、不幸というか、絶妙な相性の悪さというか、ほんの少しのすれ違いの結果なのだ。



 さて、では話を戻そう。

 鈴がこんな性格になった原因についてだが、そのほとんどは彼の両親にあると言っていい。鈴の両親はかなり仲が悪く、頻繁に夫婦喧嘩をしていた。それもかなりひどく、怒鳴るくらいは平気でやっている。それでも子供の手前多少は抑えているようだった。


 そんな家庭にいれば、いくら友情や愛を説いても意味は無い。意識はせずとも、本当に信じられるのは自分だけ、という精神が心のどこかに根付いてしまう。


 また、両親が喧嘩をしていれば、子供としても近くに居たくない。そこで鈴は、自分の部屋で読書をしたり、一人で考え事をしたりする。


 皮肉なもので、そういう環境に置かれていると子供の方が普通の子供より精神的な成長がよっぽど早いのだ。

 鈴はこんな生活を両親が離婚するまで数年間も続けた。



 その後、鈴と托矢は親交を深め、あれよあれよという間に五年生になった時、鈴が突然こんな事を言い出した。


「この世界にはもういたくない」


 流石の托矢も、これを聞いた時には何と反応すれば良いのか分からなかった。

 対して鈴は、この時全てを打ち明ける決意をした。五年の時を共に過ごし、鈴にとって托矢は紛れも無く「親友」となっていたのだ。


 鈴は全ての事情を事細かに話した。紫苑学園の特待生を志望していること、そこでカードの研究をしたいということ、そうすれば何かが変わるかもしれないと思ったこと、両親が離婚したこと。

 そして、この世界にはなんとなく「何か」が足りない気がするということも。


 話を聞き終えた托矢はこれまた何となく、鈴の言いたいことを感じ取っていた。言葉は拙くとも、同じ感情を持っていればわかりあえるのかもしれない。

 また、托矢にしてみれば、将来をしっかり見据えているのも少なからず驚きだった。


 そして続いた言葉に托矢はただ頷いた。


「一緒に紫苑学園に特待生で入学して、カードの研究をしよう」



 その後、二人は受験勉強に勤しみ、無事、二人揃って紫苑学園に特待生で合格した。発表の瞬間は、いつもは感情を表に出さない鈴でさえ相当喜んだらしい。



 それから一ヶ月ほど経って三月になり、卒業を目前に控えたある日、托矢は担任教師に何か言われて早退した。鈴はそこに悪い予感ばかりがした。そしてそういう予感はことごとく当たる。


 具体的にはは長いこと病を患っていると聞いていた托矢の祖父が亡くなったのだろうと思った。そう勝手に思い込んでいた。むしろそうであって欲しいと無意識のうちに願っていたのかも知らない。だからこそ、托矢の言葉には声も出なかった。


「妹が死んだ。持病だそうだ」


 托矢に姉と妹がいるのは知っていた。だが鈴は、姉妹に何かあるとは考えもしなかったのだ。


 その日から一週間、鈴と托矢の二人は一切会わなかった。




 久し振りに一人になった鈴は、この世界から何とかして脱出する方法を探しに掛かった。しかし、そんな都合のいい手掛かりがあるはずもなく、最終的にフェノメノンカードの発明者であるモーラル·ブライソンの遺書に行き当たった。


 一時は、この世界から別の世界に逃げるのではなく、自分たちの周辺から少しずつでも世界を変えられないかと考えたことも無いわけではない。しかし、これを読み終える頃には、二人からその発想は完全に消え去っていた。


 そして、その遺書の全文がこれだ。


 まるで二人の言葉に出来なかった考えを言葉にし、更におまけまで付いてきたかのような内容だった。




 私は科学者のモーラル・ブライソン。ご存知の通りフェノメノンカードの開発者だ。

 この度、私はこの世界から旅立つことを決意した。その理由をここに記そう。


 現在、人類は進歩の限界に立たされている。いつしか人類は発展することばかりを考えるようになり、それも限界に達していた。特に最近は「未知の無い時代」と言われて久しい。観測可能なものは全て調査し、解明した。

 そして、その代わりに、人間は想像力を失いかけている。いや、予測という意味では成長しているから「創造力」という方が正しいのかもしれない。


 これは持論だが、人間の新たなものを作り出す創造力は、コンピューターやAIなどの機械に勝る、数少ない能力の一つだと思う。

 それを失いかけていることの重大さを理解する者、また、実際に創造力を持っている者は、悲しことに随分と少なくなったように思う。私自身も、創造力を持っているかはわからない。

 何はともあれ、私はこの創造の情熱を失ってしまった世界に、夢も希望も抱けなくなってしまったということだ。


 そこで私は、フェノメノンカードによって得た資産で「異世界の種」を作った。これは、自分のイメージする異世界を創り出し、そこに転移できるという機能を持ち、誰もが自由に利用できるものだ。創り出した異世界へのアクセスにはカードが使える。ぜひ上手く利用してほしい。

 これを最後の発明品としてこの世に遺す。

 では、そろそろ私は次世代に希望を託し、旅立つとしよう。


 カードに不可能は無い。なぜなら...



   モーラル・ブライソン






 鈴と托矢は卒業式を迎え、式で優等賞を授与された。そして、その副賞は附属大学で開発されたばかりのカード関連機器の試作品であるのが慣例で今年もそのようだった。


 学校の特徴が出ていると言えば良くも聞こえるが、多少便利という程度の代物が多い。もちろん、毎年どころか一人一人別の機械なので、利用価値は運にも大きく左右される。


 そこで、鈴は知識と見分が広いという理由で、あらゆるカードの詳細を知ることができるという「解析機」を、托矢は創造性に秀でているという要因から、二枚のカードを混ぜて新たなカードを作成できるという「合成機」をそれぞれ受け取った。


 その後、紫苑学園に入学してからは、部員がいなくなって、書類上だけで残っていたパズル部に二人で入部。鈴を部長として、その権限で特待生しか入部できないように制限をかけた。


 そうやって事実上二人でパズル部を占拠し、まんまと研究スペースを確保した。ただ、普通にパズルを解いたり作ったりもしているので、部を追われる心配も無い。

 というのが現在の状況だ。


「何か質問はある?」


 そう鈴は最後に問い、回想を締めくくると、実佳はこんな質問をした。


「その優等賞の副賞の機械、今の話にない使い方はできる?」


 それを聞いた鈴は、待ってましたと言わんばかりに悪戯っぽい笑みを浮かべて答える。


「一応試作品だからね、可能性としては十分あるんじゃない?」


 実佳はその答えに満足できなかったのか


「あなたも食えない人ね」


と、半ばあきらめたような口調で言い放った。対して鈴は、気にしないのか、はたまた自覚があるのか、慣れたようにするりと躱す。


「答え合わせといってはなんだけど、始業式の放課後にパズル部に来てくれない? 托矢の奴に会ってでも見る価値のある、面白いものが見られるよ。答えはパズルと一緒に手紙にでもして置いとくからさ」


 実佳は答えなかった。その代わりにオセロ盤に石を置き


「私の勝ち」


と言ってにっこり笑った。普段はあまり笑わないから、よっぽど嬉しかったのだろう。


 気のせいだろうか?

 鈴にはその笑顔がいつもより可愛らしく見えた。

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