第1話 『紫苑学園』
紫苑学園中学高等学校。
知名度の高い進学校ではあるが、偏差値は平均と同じかやや低め。
受験生の中で、ちょうど平均的な学力の生徒が入学するような学校である。
ではなぜ知名度が高いのか?
その理由の全ては、特待生制度にあると言っていい。
特待生は、学力はもちろんのこと、その他にも様々な事に秀でており、学園内外を問わず様々な分野で活躍している。
また、学園内では数多の特権を持っているため、皆の憧れの的であり、学校の顔なのだ。
と、ここまではまあ、言ってしまえば探せばどこにでもありそうな話だ。
しかし、その特待生の優遇が一線を画している。
特待生が何かの研究の企画書を出そうものなら、すぐに学校側が全面協力の姿勢を示す。そういうレベルなのだ。そしてもちろん、それは分野を問わない。
過去の特待生には、科学者、エンジニア、医師、外交官など、様々な職種でいずれも第一線に立つ人物を多く排出してきたが、大抵はこの制度を有効活用している。
例えば、科学者やエンジニアなら研究開発支援、医師なら大学実習の体験、外交官なら海外派遣や大使館の見学など。いずれも学校という立場を活用しかなり手厚い支援だ。
しかし、それは裏を返せば変人や奇人が傍若無人に振る舞える環境が整っているということに他ならない。天才は大抵、常識とはかけ離れたところにいる。
にもかかわらず、問題が発生することは滅多に無かった。というか全く無いと言ってもいい。
なぜなら、たまに発生する問題も本人達で解決するからだ。
特待生には規則らしい規則はひとつも無いが、それでもモラルは保たれている。それはひとえに特待生の資格を奪われないためだ。
特待生としての特権はなにも恒久的なものではない。特待生から外されれば一般生に戻る。
そうならないために最低限守らなくてはならないもの、それを理解し、その範囲内で自由に行動するのがこの学園の特待生なのだ。
紫苑学園第三学期終業式、春の陽気を少しずつ感じられるようになるそんな頃。出会いと別れの季節だと言い、思い出作りに奔走する一般生に対し、特待生はいつも通りだ。
「チェックメイト」
落ち着いた声がカフェテリアに反響する。特待生専用区画、さらに土曜の午後ということも相まって、周囲は驚くほど静かだ。
また、机や椅子はなかなか洒落ていて、棚にはチェスやオセロなどのボードゲームや、パズル、地球儀、砂時計などが並べられている。学校と喫茶店が入り混じったような印象だ。
そんな中で、柔らかそうなソファーに腰を下ろし、チェスに興じているのは二人の少年。
一人は秋月鈴、見るからに秀才そうな目鼻立ちをしているが物静かで、どこか暗い印象を感じさせる。背も高く大人びていて、十五、六歳には見えるが、実際はまだ中1だ。
そしてもう一人が柊托矢、鈴の同級生であり親友だ。性格は鈴とは対照的で、明るく周囲を笑顔で染める、そんな雰囲気を醸し出している。顔立ちも整っていて、長めの茶髪がよく似合っている。女子からの人気は言うまでもない。
「お前、相変わらずチェス強いよな」
苦笑しながらそう呟くのは托矢だ。
チェスは鈴の圧勝で終わったようだが、それでも托矢は楽しそうにしている。鈴は逆にほとんど表情を変えないが、こちらもどことなく楽しげだ。
正反対の性格をしている二人だが、それがうまい具合に釣り合っているように見える。
「で、このあとは何するんだ?」
人好きのする笑みをたたえて托矢が聞く。
鈴は冷めきってしまった紅茶を啜ってから、話し始めた。
「注文したカードの受け取りと錬成ってところかな。それで俺の準備は全部完了だ」
「じゃあ、そのあとは暇かい?」
「そうなるが、それがどうした?」
「つまんねーこと言うなよ。もう春休みだし準備も終わるんだから遊ぼうぜ」
いつも何か行動する時は鈴が主導するのだが、こういう時、托矢には何故か逆らえない。
「それもそうだな」
ゆっくりと立ち上がって歩き始める托矢の背中を見ながら鈴はそう小さく呟いた。
鈴と托矢はこの学園の特待生で、二人共パズル部に所属している。彼らが小学校時代からの幼馴染で、一緒に入学した事を考えるとごく自然な流れだろう。
二人はパズル部で様々なことをした。パズルにゲームはもちろんのこと、パズルには全く関係なさそうな偉人の遺書の調査なども。
そして今度はカードを使って何かをしている。
何のために何をしているのかは誰一人として知らない。全てを知っているのは二人だけだ。
まだ冷たさがしみる風に吹かれながら、二人は咲ききっていない桜並木の下を歩く。
「そういえば最近カードばっかりで息抜きなんてしてなかったな」
ここ数ヵ月を思い出すように鈴が微笑む。
「カードもいいが、せっかくの人生楽しまないとな。さっきのチェスもそういう理由さ」
「ま、俺たちの行動原理は全部それだから当然と言えば当然だけど」
珍しく鈴の口調が軽い。
「楽しそうだな~、珍しく。いっつも陰気だから心配なんだよ」
こっちはいつもの軽口だ。
「やっと最初の挑戦の結果が出るんだ。俺も多少は浮かれもするさ」
そして鈴はなにかを噛み締めるように眼を瞑り、しばし黙った。
他の誰かとなら不快な沈黙も、二人なら心地よい。そこには二人だけに通じる何かがある。
ゆっくりと眼を開けて鈴がそっと呟く。
「もう少しだな」
托矢も静かに応える。
「何もかもがな」
それだけ言うと二人は揃って空を仰いだのだった。
おおむね急いで書いているので、誤字脱字があるかもしれません。