花畑6
僕の記憶がある部分では、既に父以外の親族を知らない。
だから、一族の仇なんて言われても実感が湧かない。
ただ一つ覚えているのは・・・。
その日を悔やみ続けて、壁を殴り続け拳が血で汚れた父の姿だった。
「・・・あれ?僕って、僕の意思でここに来たんだっけ?」
結局、僕はコリンドに恨みがあったわけじゃないのか?
本当は過去に囚われた父に、振り向いてもらいたくて・・・。
「こんなの、もういらない。」
包帯を取り、左目を風に晒す。
ピリピリとした痛みが来るが、これでいい。
ぬるま湯に浸っていたんだ、このくらい大したことない。
僕は、その左目をゆっくりと開ける。
何も変わらない。
ただ、暗闇が続くだけだ。
「もう、わからないよ・・・レイ。」
コツンと足に何かがぶつかる。
それを拾い、近付ける。
銃だった。細かい模様が彫られており、手の込んだものだった。
月夜に当てるとそれは光を反射し、一層美しく見えた。
「・・・これ、ウィルって・・・。」
そこには同じような彫り方でウィルと刻まれていた。
だが、これは父のものではない。
こんな銃見たこともない。
僕は、銃の反対の側面に裏返す。
そこは土に汚れていて、細かい彫刻の間にも槌が溜まっていた。
「綺麗なのに・・・。」
僕は土を服の裾で拭き取った。
するとそこには、とても雑に彫っていて彫刻なんてものを無視してその上から彫られていた。
「———これ。」
突然、僕の頭の中に記憶が流れ込む。
「———父上、そう・・・これは。」
僕は銃を握りしめて走った。
ただひたすら、月の光も射さない暗闇を、必死に。
川に足を滑らせようが、泥を被ろうが、草に肌を切られようが・・・。
僕は必死に走った。
———すると、小さな小屋を見つけた。
僕はそのドアを強く開けた。
「レイ!!」
僕は大声を上げた。
しかし返事はなかった。
僕は小屋にズンズンと入り、物と言うものを動かした。
「・・・これか。」
僕は本棚を横に力いっぱいに押した。
本棚の裏には地下に繋がる階段があった。
僕はその階段を降りた。
階段の下は通路になっていて、通路の横に取ってつけたようなドアがあった。
僕はそのドアを開け、中に入る。
「———迎えに来たよ。」
僕は部屋に入る。
すると、そこにいた女の子は僕に抱きついた。
「遅れて、ごめん。」
僕は彼女の頭を撫でた。
レイは、泣き続けた。
「ユナ・・・。どうしてここがわかったの?」
「・・・わからないんだ。ただここに居るって・・・見えたんだ。」
「見えた?」
僕は左目を押さえた。
この目から、この場所までの道のりが見えたんだ。
そして・・・
「この銃が、導いてくれた。」
僕は、銃を握りしめる。
この持ち主が導いてくれた。
そう———僕は信じている。
「おいおいおい!避けるだけかロードぉぉぉぉ!!」
ウィルは暴れていた。
圧倒的な力。だがそれの代償と言わんばかりにその動きは単調になっていた。
「さて、その力いつまで続くのか・・・。まるで、あの日の無様な姿みたいだ。」
———私は、何もかも遅かった。
三人で、逃げればよかった。
「何故・・・あったこともない一族の仇を取ろうとしたのだ、私は。」
上を見上げる。
少しづつ、陽が昇り始めていた。
光が、少しづつ辺りを照らす。
真っ赤な血が、辺りに広がっていた。
「マリア・・・君には、償いきれない事をしてしまった。」
コリンドはそこに膝を着いた。
そこは崖だった。
崖の下に、血の滝が出来ていた。
そこには、エルブレグ家のほとんどの人間がここに倒れていた。
これが、所謂大量虐殺というものなのだろうか。
引き金は簡単だ。
マリアの死だ。
それが引き金で、コリンドは暴走した。
———守るだけか!?それしか出来ないのかぁ!!
耳障りだ。
それ以上喋るな。
私にもわかる。貴様はもう長くない。
そこまでして私を殺したいか?
その気持ちもわかる。
だが、それは独りよがりの考えだ。
「だからこそ、腹が立つ。私のように、愚かだから!!」
ピタッとウィルの攻撃が止まる。
それを見計らったかのようにコリンドは口を動かす。
「私は、エルブレグを滅ぼした。だが、滅ぼした所で何も変わらない。マリアが戻ってくるわけでもない。結局、私の腹の虫をある程度抑え込むことしかできなかった。それどころか、あんな小さな子供が、復讐にくる始末。私は、彼らと同じだった。」
「それが、運命・・・」
ウィルは覚束ない言葉で反論した。
そして、最後に・・・。
「・・・だろう、ユナ。」
コリンドはさっと後ろに振り向く。
そこには、二人を見つめているレイとユナがいた。
「・・・パパ。」
「・・・父上?どう・・・して?」
二人は、動揺していた。
互いに、父の初めて見る姿だったからだ。
「・・・ここから離れろ!!」
コリンドは叫ぶ。
瞬間、ウィルは二人の下に走り出す。
ユナとレイは、そこに立ちすくんだ。
「だろ?ユナァぁぁぁ!!」
———ううん。僕はそうは思わないんだよ。
コリンドの言う通りだと思うんだ。
もし、父上の言う通りならば、僕はレイに首を切られているよ。
でも、レイは僕にしがみついてるんだ。
僕を、信頼しているんだ。
運命って言葉、言うのは簡単だけど・・・。
「・・・ねぇ、父さん。ここまでの人生を後悔してるの?」
ウィルは立ち止まる。
「僕は、後悔してないよ。ここで死んでも・・・。でも、近道は無いんだよ。」
ウィルは再び叫び、突進した。
ユナは、左目を抑えながら、呟いた。
「だから、運命に従うのは近道なんだよ。でも、父さんがレイを殺す。それが運命だっていうなら・・・。」
ユナは、右手に持った銃で突進してくるウィルを殴る。
「父さんを倒してでも・・・抗うよ!」