因縁4
頭の中に多くの記憶が流れ込んでくる。
記憶を、取り戻しているのか?
見たことのない景色、人、業火。
喜怒哀楽多くの感覚が流れ込んでくる。
蓋をしても、違うところから入ってくる。
夢の世界だからなのだろうか逃げ場がない。
押し潰される空間に、ただ必死に耳を塞ぐことしかできない。
ああ、狂ってしまいそうだ。
どうか、覚めてくれ・・・この夢よ!!
そして僕は押し潰れた。
「———痛い。」
全身に痛みはなかったが、僕は口にした。
目を開けて、少しの間ピントが合わなかったが、少しすればそのズレも消えた。
「起きたんですね。」
キサギは落ち着いた表情で少し笑った。
何か、聞かなきゃいけないことがあったような・・・。
「そうだ、キサギ!お前、体に違和感か何かあるか!?」
「え?いえ・・・そのようなものはありませんが、どうかしましたか?」
「———キサギが、突然僕の首筋を噛んで魔力を吸い取り出したから・・・。」
キサギはその笑顔を崩す。
そして、少し下を俯いた。
「・・・そう、ですか。そう、だったんですね。」
「キサギ、この際だから聞くけど、お前は・・・人間、なのか?」
キサギはギュッと拳を握りしめ、顔を上げる。
何か、覚悟を決めたかのように彼女は言葉を繰り出す。
「私は———。」
「ただいまー!」
その声と共に扉が開く。
そこにはあの女子が立っていた。
「・・・え?」
「お帰りなさい。楽しかったですか?」
「うん!」
慣れた口調の二人。
大切な話を邪魔されたという事実が吹き飛んでしまう程に驚きものだった。
「・・・え?」
僕は首を傾げる。
その様子を見たキサギがフォローするかのように、女子について紹介をし始めた。
「この子はヴァンパイアです。」
撤回、わかりきっている事を言い出した。
「ええっと、名前は?」
僕がそう尋ねると、女子は自信げに胸に手を当て、自己紹介を始めた。
「私は、レイ・バンパイアです!」
撤回の撤回。キサギは正しい事を言っていた。
どうやらヴァンパイアは名前らしい。いや、セカンドネームか?
・・・と、なると吸血鬼って呼び方が正しいのか?
「えーと、これは、仲良し認定?ってことでいいのかな?」
何だ仲良し認定って、敵じゃない?って聞きゃいいだろ。
「はい、彼女が私を襲ったのは遊びたかっただけの様です。」
遊びたかったって、あれ喰らったら下手すると死ぬぞ?
僕は・・・レイに目を向ける。
「どうしたの?」
その無邪気な質問の仕方に、僕は何故か安心した。
なんだ、やっぱり年相応の子なのか。
「あ、そうだ!名前なんていうの?」
「え?ああ、そういえば名乗ってなかったね。僕はイツキ。一月って書いてイツキだ。」
ふーんとレイは特に不思議がることも無く、聞き流しているかのような態度だった。
「じゃあ、キサギとイツキに紹介してあげる!私のお友達!」
そう言ってレイは僕とキサギの腕を掴み外に出る。
妹、にしては可愛い。
どちらかと言えば娘のような感覚だ。
こうして、手を引かれるのは。
彼女はどことなく嬉しそうだ。
だがしかし・・・どこまで行くんだろう?
友達?と言うのがいる事にも疑問に思える。
吸血鬼がまだいるのか?
疑問を持たずについて行ってもいいものだろうか・・・。
だけど・・・。
「イツキ!そろそろ着くよ!」
この笑顔を、裏切ることが出来ない。
もうすぐ、着くのか。
だが周りには誰かが住んでいるであろう小屋の気配も屋敷の気配もなかった。
ただ聞こえるのは川の水の音だけだった。
「なぁ、レイ。ここに本当に友達がいるのか?」
「うん!あ、待っててね。今連れてくるね!」
そう言ってレイは僕の手を離し、そのまま川の方向に走り出す。
・・・連れてくる?ここじゃダメなのか?
僕はキサギを目を合わせる。
キサギは待ちましょうと言いたげだった。
そうだな。もしかしたら恥ずかしがりやかもしれない。
心の準備が必要なのかもしれない。
すると、大きな音と共に鳥たちが一斉に鳴く。
鳴いた、と思うとすぐに静まり返った。
———いや、何か嫌な予感がする。
「イツキ!キサギ!ほら、これが私のお友達!」
そう言って、レイは、血だらけの手の中に小鳥を捕まえていた。
僕は吐き気がした。
彼女は無邪気に笑っている。
そのことに、深く考えるわけでもなく。
小鳥は、羽も、胴体も、嘴すらもぐちゃぐちゃだった。
「ねぇ、ねぇ!いいでしょ、私のお友達!」
レイは僕にそれを見せつける。
壊れているわけじゃない。
寧ろ、正しい。
生きる為には、正しい事なのか。
「・・・あ、まだお友達がいるみたい!次の子はちょっと大きい子かな?」
レイはそう言って小鳥を地面に落とし、そのまま走っていく。
「あ、おい待て!」
僕の制止も聞かず、彼女は走り去っていった。
「イツキ、追いかけて下さい。私は・・・この子を。」
そう言ってキサギは小鳥を両手で優しく掬い上げる。
「・・・ああ、頼む。」
僕はそのまま駆け出す。
キサギは、そんな僕の背中を見ながら小鳥を両手で包んでいた。
「・・・やっぱ、速いな。」
僕はレイを追いかけた。
だが、やはり速い。
魔力を使わなければ振り切られそうだ。
「・・・このまま走り続けても仕方ない。一気に、飛ばす!」
脚に力を貯める。
魔力の使い方もそれなりに出来るようになったみたいだ。
後は、地を踏みしめて・・・放す!!
僕の体は想像以上に飛躍し、木々の間を抜けていった。
そして、レイの姿を捉えた。
「レイ!」
「え?」
僕はそのまま、彼女の腕を掴み、走ることをやめさせた。
「帰ろう。」
「いや、お友達と遊ぶの!」
融通が利かない。
歳ならでは・・・って何回言えばいいんだ?
「遊ぶのはいいけどこんな遠くまで行かなくても・・・。」
すると、誰かの叫び声と共に木々が割れ、炸裂する音が鳴った。
「近くに、いるのね!」
「あ、ちょっとま・・・。」
僕はレイを追いかける。
「待て、待てよ!」
今回は短距離なので彼女は更に速く走る。
止まれるのか?と思える程だ。
僕も魔力を使わざる負えない。
「・・・見えた!」
レイはその姿が見えたことに興奮し、更に速度を上げる。
「やばい、振り切られ・・・・。」
すると目の前にどう考えても、普通に生きている動物では届かない程に大きい犬のような・・・・いや、これは・・・。
「嘘だろ・・・!?」
これは、あの時の獣と同じだ。
同じ気配。
「よーし!あーそーぼ!!」
「レイ!逃げろ!」
僕は反射的にそう叫んだ。
レイはそんな僕の話も聞かず、獣に突進する。
だが、獣は攻撃されたとは思えない程に落ち着いていた。
「・・・え?」
ひるむこともなく、ただ立つその獣にレイは驚く。
そして、固まってしまった。
獣は、ゆっくりレイの方向に振り返り、そして・・・吠える。
「レイ!」
僕が彼女の元へと向かおうとした瞬間、金属の炸裂音が響いた。
獣はそれの音に驚いたのか、また頭を動かす。
その先には、中世に使われていたかのような上品な刻印の刻まれた。
いわゆるアンティークな銃を構えた少年が立っていた。
少年は、そんな獣におののくこともなく・・・・とは違った。
「え・・・ええ!?」
想定外の事実に驚いたかのようだった。
腰を地面に着かし、銃を構えながらもブルブルと体を震わせていた。
「何で撃ったんだ!?」
僕は、どうしてもツッコミを我慢することが出来ず、レイを抱きかかえながら大声で叫んでしまった。
「だ、だって!撃ったらもう終わりじゃないの!?」
「いや、当たってないだろ。お前の眼にはあの化物が苦しんでいるように見えるのか?」
少年は、化物に視線を合わせる。
そして、僕のほうに再び顔を向ける。
「・・・見えない。」
「なら逃げろ!不意打ちですら弾を当てられないのに、そんな状態で当てることは不可能だ!」
僕は少年に忠告した。
すると少年は僕の言葉に反応し、殆ど反射的に反論した。
「ぼ、僕はエルブレグ家の男だ!目の前の敵から逃げることはできない!」
・・・エルブレグ?なんだそれは。
自分の家を主張するなんて、よっぽどいい家なのだろうか。
気にすることはない。
そんなプライドなんかがあるから死ぬ。
国とか、家とか・・・命の前では劣化されたものだろ。
僕は、レイを抱えそのまま森に帰る。
レイは頭を打ったらしく気絶していた。
「うわ・・・うわぁぁ!」
そんな少年の叫び声が聞こえる。
恨むなら、自分を、家を恨め。
僕は耳を空気で塞ぐように走る。
走って、走って。
僕は、キサギの元へと帰る。
「キサギ、レイを頼む。」
「え?」
僕はキサギにレイを預け、来た道を戻る。
・・・・あれ?何で戻ってるんだ?
足が勝手に元の道を駆けている。
いやいや、まさかあの少年を助けるつもりか?
さっきあれだけ酷く思ったのにか?
矛盾だ矛盾。
僕は、ああいうタイプの人間が嫌いだ。
はっきりと言おう。
自分の逆境を全て家やら国やらと言って、自分を見ない。
逃げたいくせに、逃げないと言う。
自分を、塗りつぶそうとする。
「———ああ、嫌いだ。そんな奴。」
発砲音が数発響く。
近いのか。
僕はその足を更に回す。
「あ、あれ?何で?何で弾出ないの!?」
少年はひたすらに逃げながら、対峙していた。
銃が重い。
これを捨てれば、この化物から逃げられるだろうか。
どうやら足は遅いらしい。
・・・でも、逃げない。
父様の為にも・・・家の為にも・・・!!
「僕は、逃げない!!」
「ならせめて銃口は相手に向けろ。抱えっぱなしじゃ意味ねえよ。」
イツキは、そう言いながら少年の前に立つ。
「何で、いるの?逃げたんじゃないの?」
「・・・ちょっと、腹が空いてな。」
化物は、口を大きく開き、イツキ達に襲い掛かった。
「うわぁぁぁ!」
少年は叫ぶ、これで、終わったと彼は感じた。
「叫ぶな、耳に響くだろ。」
その落ち着いた声に、少年は俯いていた顔を上げる。
そして、右目に何かが入る。
いや、体全体に何かが付いた。
仕方なく、片目を開ける。
そこに写ったのは、血だらけの自分。
その血は、自分のものではなかった。
「さっき銃を構えろって言ったけど、やっぱり何か被せて抱えてろ。汚れるぞ。」
肉が切れる繊維の音。
瞬間泣き叫ぶ化物。
今の景色が信じがたかった。
素手で、何も持たず、化物の肉を一振りで切る、この男が。
化物はいつか泣き止んだ。
そして、近くの木々の葉は、全て紅色に染まる。
少年の意識が確かな時にみた最後の光景。
化物の首を掴んでそれに食いつくイツキの姿だけだった。




