転生・11
離した手は冷たかった。
いや、もう既に冷たかった。
イツキは、生きていないかの様に冷たかった。
触れれば、熱を奪うかのようにその手が冷たくなる。
まるで・・・心臓を探す人形の様だった。
「姫様、どうかされたのですか?」
もう片方の手を握っていたミルは、私が突然立ち止まったことに驚いたのだろう。
「いいえ、なんでもないわ。さぁ、前に進みましょう。」
手に力を入れる。
あぁ、これが恐怖なのか。いつからか忘れていたわ。
目の前は何も見えない暗黒。
ここにいると生きた心地がしない。
「ミル、私についてきてくれてありがとう。貴方のおかげで、私が今、ここにいることができるの。」
「え?ひ、姫様、それはどういう・・・。」
「その兜、そろそろ外してよ。ミス・ミル。」
「・・・ばれていましたか。」
ミルはそう言って兜を外した。
明かりは、つけていると化物が寄ってくると言われていたが、私はどうしても、ミルの顔が見たくて隠し持っていた蝋燭に火をつけた。
ミルのその髪は、綺麗な黒い長髪だった。
「———やっぱり。」
「カユラ様?何をおっしゃられたのですか?」
「いえ、なんでもないわ。それよりも何でミルは私の事を『姫様』とか『カユラ様』なんて呼び方するの?」
「それは・・・。」
「———私の事はカユラって呼んでいいのよ。今は姫だとか兵士だとか関係ないもの。皆」、同じ目標に向かって歩く仲間、でしょ?」
ミルは何かに気付き、口を動かそうとしたが、それは止まった。
代わりにさっきまで強張っていた顔が緩み、笑みを浮かべていた。
「はい。カユラ、私は何処までも貴方についていきます。」
「ふふ・・・、次は仲の良い姉妹になりたいわね。」
「ええ、そうですね。」
二人は笑い合った。
そして、暗闇を見る。
———もう逃げ場はない。
この暗闇に、何体、いや何十体の化物が息を潜めているのだろうか。
「ミル・・・手、離さないでね。」
「はい、私はカユラといつまでも一緒です。」
カユラとミルは目を瞑った。
走馬灯が走ることはなかった。
後悔がない・・・なんてことはない。
だけど、結果がこれなのだ。
神様がここで死ねと言っているのだ。
「・・・怖いなぁ。」
口から零れたこの単語は、本心だ。
怖くて、怖くて、怖くて仕方ない。
死んだら何処へ向かうのだろう。
天国?地獄?はたまたどこへも向かわず消滅するのだろうか。
「死にたく、ない。私は・・・生きたい。」
ミルの手に力が籠る。
———ミルも、一緒なんだね。
暗闇から、何かの足音が聞こえる。
とても速い、どうやらもう時間のようだ。
「———イツキ、生きて・・・最後まで、全力で生きてね。」
何かと衝突する音が聞こえる。
しかしその音は、カユラ達とは関係のない。関係がないにも関わらずいらぬおせっかいのように来た、来てしまった。
———イツキなんて、そこでポッと付けた軽い名前の男の命を賭した行動だった。
「ああ、全力で生きてやる。そして守るさ。僕の、カユラの存在意義を!」
暗闇の中聞こえたその声に、カユラとミル、共に驚いていた。
「ミル、お前の存在意義は何だ?」
「・・・カユラの夢を、守ること。」
そうか。と彼は返事をし、地面からバケツをひっくり返したような水の音がした。
「だったら、真っ直ぐ走れ。ここは僕に任せてくれ。」
何で?何で戻って来たの?
私は恐怖で動けないのに。
口すらも痙攣してまともに喋ることが出来ないのに。
暗闇の恐怖、死の恐怖。
彼はそんな負の感情の中、勇気を絞り出して・・・。
「私は、貴方の命の上で生きる覚悟なんてないわ・・・。」
「そんな事、僕は知らないし必要ないだろ。僕が勝手にカユラ、お前を助けた。それだけだ。それ以上はないさ。」
「で、でも・・・。」
「早く行け!ミル、任せたぞ!」
「・・・ええ!走りますよ、カユラ!」
「ま、待ってミル!い、イツキ、イツキはどうするの?」
「・・・後で、追い付くさ。」
ミルの手を引く力は強く、私はそのまま走り出した。
イツキの姿は見えなかった。
「さてと・・・暗くて良かった。こんな姿見られるわけにはいかないよな。」
イツキの命は、もう長くなかった。
彼の光も、命も
闇の中に消えていった。