転生・10
こうして、僕の人生を決める試練は終了した。
これからは、のんびりぬくぬくとしたスローライフを過ごすことができる。
念願が叶うのだ。
・・・だけど、何故か心から喜ぶことができない。
忘れるべきだ。忘れなくてはならないのだ。
なのに、なのに何で。
「———頭から、離れないんだよ・・・!!」
魔法陣は、光り輝き、時が経つ度にその明かりは強くなっていた。
左腕は痛まない。心地よい気分なのに・・・。
僕の右手は、熱かった。
神経という神経がそこに密集し、温かさを得ようとしていた。
———僕には程遠い、英雄のぬくもりを。
「カユラ、ミル。お二人は素晴らしい方々です。そして頭もいい。ですからわかったのです。この国が、もう復興することが無いということに。」
「だけど、僕の、この力があれば・・・。」
「二人はイツキ様以上に、イツキ様の事を見ていました。ですから気付いていたのです。貴方の命のリミットを。」
そう言えば、二人は顔の痣について質問していた。
そして、僕はその部分を隠すように包帯を巻き、彼女達の前に出た。
その時に確信したのだろうか、あるいは・・・。
「———だったら、ぼろ雑巾になるまで僕を使えばいいのに。」
キサギは小さく息を吐き、僕を鋭く見つめた。
「・・・その黒化は、大したものではありません。なぜなら、貴方に刺された『黒の槍』は偽物だからです。つまり、模造品です。そんなものの力など計り知れています。」
僕は、その言葉を聞き、ゾッとした。
模造品、そんなものでここまで苦しむのだ。
本物は・・・。
冷や汗は止まらなかった。
「本物なら、貴方は一瞬にして真っ黒になり、その命を終える結果になるでしょう。ですが、その槍と同じく、貴方は模造品です。勇者の模造品となるのです。」
「なんだ、それ。」
「勇者は何人もいます。しかしそれは全て模造品なのです。本当の勇者など、必要ないのです。」
言葉の意味は理解できなかった。
だが、僕は『模造品』という言葉が、頭から離れずにいた。
「———なぁ、カユラとミルの・・・フルネームを教えてくれないか?」
「・・・カユラ様のフルネームは、カユラ・ローゼスマリア。そしてミル様は・・・。」
僕はその情報を聞き、「そうか。」とだけ伝えた。
「ですが、そんなことを知ってどうするつもり・・・。」
「国を救う英雄の名前は、知っとかなきゃな。」
僕は、右手で左手の包帯を剥ごうとした。
瞬間、鎖が魔法陣から飛び出し、僕の右手に巻き付いた。
「何を、しようとしたんですか?」
キサギの声は、とても暗く、冷たかった。
「カユラとミルを助けに行く、それ以外にないよ。」
「貴方は・・・何が何でも生き抜きたいんじゃないんですか?」
「ああ、そうだ。何が何でも生き抜きたい。だけど、傀儡になるのは死んだのと一緒だろ?」
キサギは珍しく歯ぎしりをし、言いたいことを堪えていた。
「名誉ある勇者ですよ?傀儡とは言いますが、自由に生きることが出来ます。何もかも、思うがままに・・・。」
「僕は頭が悪い、だから損得はわからない。だけど言えるのは、『全力で、命も懸けられない奴に勇者なんて無理!』ってとこかな。」
「貴方は・・・。」キサギは、あのポーカーフェイスからは想像できない、感情を露わにしたその表情。
僕は笑ってしまった。
なんだ、怒るのか。
「・・・強制転送、開始します。」
すると多くの鎖が僕の体に巻き付き、身体を地面に引っ張りつけた。
「———最後に、言い残したいことはありますか?」
僕はまた笑い、ただその一言を発した。
「僕の口は、何にでも使えるんだよ。」
僕は左腕に噛みつく。
そしてそのまま・・・包帯を腕の肉ごと噛みちぎる。
真っ黒な煙が傷口から噴出する。
魔法陣はガラスが割れるかのように砕け、僕は来た道を全速力で戻った。
「・・・ばか。」
キサギのその言葉はあまりにも小さかったが、響き渡った。