転生?
特に心残りがあるわけじゃない。ただ、不幸なだけだった。
ハラハラとしたスリルなんて必要ない。ましてや胃の中が空っぽになるようなスリルなんて。
足を滑らせた。それくらいしか覚えてない。
まぁ、いいか。どうせ大した人生になんてならないさ。
なら、死後の世界でまったりスローライフでも楽しむとしよう。
どうせ、今更思い出す愛なんてないさ。
「ようこそ、神々の領域へ。」
「・・・死後の世界ですかここ。何にもないですね。」
想像していたのどかな牧草地帯ではなかった。
「貴方は大いなる予言に従い、転生することを許されました。貴方は異世界で勇者として降臨するのです。」
「あの、僕は勇者にはなりませんよ?」
目の前で、何やら優しい声で門出を祝おうとする羽の生えた女性は、僕の返答を聞くと持っていた書類を落とした。
「・・・今、なんて?」
「僕はスローライフを楽しみたいんです。それに僕は普通の人間です。勇者なんてものは僕には重い物です。」
とりあえず丁寧にお断りしておこう。怪しいし。
それにこれは事実だ。僕はごく普通な一般人だ。
「普通ここは意気揚々と引き受けるものよね?意気揚々と引き受けて異世界の平和を守るとかそういうこと言って旅立つものよね?」
「残念ですけど僕はそういう人種じゃないんです。主人公気質じゃないんですよ。と言うことでこのまま死なせてください。」
「・・・なんでこんな奴が選ばれたのよ。こんな低ステータスなんかよりもっといい人間もいた筈なのに。」
「ええ、全くその通り。何を考えてるんですか。こんな無気力な人間よくて燃えるゴミでしょう。土の肥料ぐらいにはなれますよ。」
「・・・なら、仕方ないのう。荒治療だけど効果があるのはこれくらいじゃ。」
そう言って彼女は槍のようなものを取り出した。
そしてその槍を・・・僕に投げた。
そして僕の胸を貫いた。
「————ッ!?」
痛みは感じない。ただ、体が自分のものではなくなる違和感が段々と大きくなった。
いや、違和感ではない。完全に変わっている。
腕は段々と黒くなっていた。腕だけではない。体の至るところが黒くなっていた。
単語を喋ることが出来ず、うねり声をあげる事しかできなかった。
「言っておくが、元から貴方に拒否権は無い。もしも拒否すると言うのなら異世界で魔物として生きてもらおうかのう。」
身体が膨れ上がる。
これまで体験したことのない重さと力。そして息苦しさ。
彼女はそんな僕の様子を見て、嘲笑う。
「なんての、さすがにそれは酷過ぎる。ほら、元に戻ったじゃろ。」
彼女が指を鳴らすと、僕の体は元の色に戻り、元のサイズに戻った。
「———ハァ、———ハァ。拒否権って、あんた、何がしたいんだよ!」
「私は天使、天使フェルミナ。異世界への案内人。私の仕事は勇者の斡旋、しかし主がその厳格な選考を突破したにも関わらずこれを拒否した。仕方ない、お試し期間でもつけようかしら。」
「・・・どんなことをされても僕は良い返事をす・・・る!?」
突然の無重力。足元は寂しいものだった。
「一旦異世界に行けばいい。後で答えを聞く。」
———僕の異世界ライフはのどかにはいかないようです。
「新しく、冒険が始まる。」
彼女は寂しい空間で、満足げに笑う。