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エピローグ

 それからあとの話をしよう。

 わたしたちはそれぞれなりの大学生活を送って、社会に働きに出た。まあ、そこそこの成績で、そこそこの会社に勤めることができたのだ。

 妖精に出会うことはだんだん無くなっていた。大学が忙しくなるにつれて、仕事が忙しくなるにつれて、妖精と話す時間も無くなってしまったからだ。正直な話、それはとてもしんどかった。でも、どうしてか淋しくはなかった。


 例えば、仕事で失敗したとき。

 誰かに責任を押し付けられたとき。

 妙な嫌がらせだってあったし、

 面倒なヒト付き合いだってあった。


 そういうときに思うのは、「ここではないどこかに逃げたい」ってこと。

 ただ、逃げたいと思うたびに、待ってましたと言わんばかりに妖精が脳裏に微笑むのだ。わたしはその微笑みに出くわすと、なんだか自分の悩んでいることがバカバカしく思えて、きびすを返す。妖精が怖いと思わなくなれば、なんだか気が向いたときに行ける親友の家のように感じられてきて、安心するのだ。


 逃げ場所があると知っていることは、不安を効果的に治す、数少ない方法だ。

 妖精を怖がり、否定しようとすると呪われてしまうモノなのだけれど、逆にあるがままに認めてしまえばわたしたちに心地よい魔法を掛けてくれる。

 そりゃあ、ときには悪戯くらいするけれども(まるで対価だと言わんばかりに失くしモノを作ってゆく。すでに幾つかボールペンやら、メモ書きやら、細々としたモノを盗られてしまった)、妖精の本質は善でも悪でもなく、ただヒトとは違うモノという程度なのだ。その境界はごくごく当たり前のように揺らぎ、通り抜けられてしまう。


 だから、たぶんこれからも取り替えっこは起きるのだろう。いままでわたしたちが伝承で語り継がれ、それとなく知っているように、これからもずっと、妖精とヒトは入れ替わる。空想が現実に、子供が大人に取り替えられてゆくように。


 わたしたちは、そういったコトのほんの一部を、思わぬ出来事から知ったのだ。そして、それを知ったからこそ、どことなく不安でも、現実に生きていられる。


 そうそう、妖精の秘密を分かち合ったあのヒトとはそれから何度か会って、気がついたら付き合ってて、結婚した。妖精の話を気兼ねなくできるのはあのヒトくらいしかいなかったし、それは向こうも同じだったかもしれない。面白いことに、『妖精』という、なんとも説明のしようのないモノがわたしたちを結んだのだ。

 これも魔法なのかも? なんて、思ったり。


 それからなんやかやで、いろいろあって子供が生まれた。男の子だ。子供の名前はまだ決めてない。生まれて間もないし、それまでが大変だったから、あまりそういうことを考えてるヒマがなかったから。

 だけど、そんなときだった。また『彼』がやってきたのは。


 ちょうど、息子を家で寝かしつけ、水を一杯飲もうと台所に行って、戻ってきたときだ。

 息子のベッドの傍らに、ぼうっと消えそうな輪郭を持った『彼』が立っていた。やはり、あの時、あの頃のままで。


 あのヒトは今日は忙しくて家に帰れないはずだった。だからそこにはいたのはわたしだけ。息子は寝ていたから『彼』に気づいていたかどうかはわからない。


『お別れを言いに来た』


 と、『彼』は言った。


「お別れ、て?」

『もうお前らには妖精は要らないってことさ』


 わからなかったので、もう一度尋ね直してしまった。


『妖精は子供と戯れるものさ。いつまでも大人に付きまとってちゃ、ダメなのさ。俺との付き合いはもう終わり。一児の親になったんだから』

「そんな、前触れもなく……」

『前触れを出そうが出さなかろうが、別れの時は来るんだ。諦めな』

「でも、せめて気持ちよく別れたかった」


 そのとき、『彼』はふっと顔をほころばせた。なんだかとても嬉しそうで、悲しそうな表情だった。


『残念だけど、これが妖精の掟。ヒトの親になったお前らには、もう俺は見えなくなる。いつしか「俺」という存在のことすら忘れてしまうだろう。それが、取り替えっこの決まりだから』


 でも、と『彼』は言う。


『「妖精」を信じてさえいれば、「妖精」のことは忘れずに済む。もし「妖精」を忘れず、子供に語ることができたのなら、「俺」はまた現れる。お前らの、子供のまえにな』


 だから、さよならじゃない。

 また会おう。


 そう言って『彼』は消えた。


 あとで聞いたら、あのヒトのまえにも『彼』は現れたのだと言う。でもそのときわたしたちは初めて気がついたことがある。『彼』の本名が思い出せなくなっていたのだ。


 きっと、こんな風に「妖精」のことを忘れて、大人に取り替えられてしまうんだろうな、て思った。


 だから。


 だからこそ。


 この物語を子供に語ろうと思った。

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