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 あの時、あの頃。

 かつてあったはずのものが、時とともに移ろってゆく。そしてようやく戻ってきたと思ったら、まったく知らないモノに取り替えられられている。

 違う、こんなはずじゃなかった。

 誰もがそう思うかもしれない。

 けれども現実は冷めた目付きでわたしたちの間違いを指摘する。反論する言葉も気力も、子供のころよりなくなってしまったわたしたちは、黙ってあたまを下げて、自分の思い出にだんだんと縛られ、呪われてしまう。


 そんな呪いを解くためには、やはり一旦子供のころに帰ってみなくちゃいけない。

 あの頃のわたしは、何を思っていたのだろう。

 あの頃のわたしは、何を夢見ていたのだろう。

 恥ずかしくても、苦しくても、直視に耐えないほど悲惨であっても、向き合って、初めて取り戻せるモノがある。でないと、わたしたちは夢も心も見失って、妖精に呪われたまま一生を送るハメになる。


「なんでなかったことにするの?」


 だからわたしは問いただした。


「えっ、なんでって……」

「どっちかでないといけないの」


 次に出た言葉は、問いかけではなかった。

 返事はなかった。


「わたしもね、小学生のころは、はやく大人になりたくて、『彼』の言ってた『妖精』を信じられなかった。信じたら大人じゃない、なんて考えていた。大人って、そうした考えを尊重してるようで、ありえないと感じてるんだから。ありえないとわかってるくせにハイハイ、て上から目線にわかったフリするのが大人の優しさだって思ったの」


 でも、たぶんそれは違う。

 わたしはただ周りの価値観に合わせていただけ。

 周りのヒトたちが「良い」と言ってくれることをやって、自惚れていただけ。


 自覚してなかったんだ。

 ホントは自分が何をしたくて、そのためには恥をかいても、傷付けられても構わない、て思えるような芯がわたしにはなかった。誰かに「こうした方がいいよ」ていうモノを受け容れて、積み重ねてるうちに、わたし自身が隠れて見えなくなってしまった。


 見えなくしてしまったのだ。


 だって、一番わからなくて怖いのは、他ならぬ自分だったのだから。


 あなたはあなたでしかなく、わたしはわたしでしかない。

 そう認めて、自分に対して責任を持つことが怖かったからこそ、誰かの「良い」に乗っかった。自分の、自分に対する責任から逃げてしまった。

 わたしは逃げていた。

 わたしはまだ幼稚で、身体だけが大きくなった子供だった。

 誰かが与えてくれた逃げ場所に、甘えて、ええかっこしいの自惚れを少しずつ満足させてただけだったの。


「でも、妖精は信じられるよ。子供じゃなくて、大人になってからも。でないと、わたしたちは子供だったころの自分から逃げてることになる。なかったことにして、見なかったフリをして、ありえないと思い込んでしまったら、それこそいけないと思う。だって、その気持ちは回り回って自分を呪ってしまうから」


 逃げられると思うなよ。

 そう突きつけられた言葉は、忘れられると信じたわたしたちへの警告だった。


 ヒトは子供から大人になるにつれて、移り変わってゆく。

 でも妖精は変わらない。

 妖精はいつまで経っても子供たちの世界に属している。けれども子供を経ない大人はいなかったはずだから。


 妖精の取り替えっこは、『彼』じゃない。

 わたしたちだ。

 時間という名の妖精が、いつのまにか子供だったわたしたちを大人に取り替えてしまっていたのだ。取り返しのつかない遠き日々のかなたに、思い出という魔法を掛けながら。


 だからこそ。


「妖精をまた信じてみなよ。妖精ならいまもここにいる。目には見えないけど、信じられる。そういうものがあったって、別にいいじゃない」


 ほんのすこしだけ、間があった。

 そしてようやく口を開くかと思ったとき、そのヒトは突然立ち上がった。何事かと思って、そのヒトの見ていた先を見つめると……


 『彼』がいた。

 あの時、あの頃の『彼』が。

 あの瞬間の同じようなたたずまいで。


 そして『彼』は言ったのだ。


 ねえ、いっしょに妖精の王国に行こうよ、と。

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