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でも、呪いは、あのヒトをひどく身近な存在にしてくれた。親近感を覚えたのだ。『彼』に呪われた人間が、わたしの他にもいた。そう考えると、ショックよりも何よりも、笑いたくなる。
顔に出ていたのだろう、あのヒトはそれに気がついて、不思議そうな顔をしていた。
「あ、ごめん。なんか可笑しくて」
「なにが」
「わたしも同じ言葉聞いたの。『逃げられると思うなよ』て」
「いつ?」
「高校入ったころかなあ」
「……そんなに早く?」
話を聞いていると、そのヒトも成人式の日に『彼』と出会ったらしい。もっと言うと、そのヒトは『彼』とは近所付き合いからの長い長い縁で、ふたりで「妖精の子」を信じていたのだという。
立ち話もなんだから、と駅前の公園まで歩きながら話してくれた。
「妖精の子って?」
「取り替えっこ、て伝説があるでしょう。行儀の悪い子供は妖精にさらわれる、ていうようなやつ。代わりに手足の細い妖精の子が家にいる、てのが一般的なんだけど、ぼくらはそれを逆手にとって、自分は両親とは違うって信じ込んでいたんだ」
言うなればちょっとした背伸び、早すぎた反抗期みたいなものだよ。
ここまで言って、わたしたちは適当な場所にあるベンチに腰掛けた。
「両親が熱心な教育家だったからね。できてないとすぐに叱るわ、怒るわで、でも言ってることは間違っちゃいないから、小さい子供がそれに反抗するためには、この世とは違うモノが必要だった。腕力や知力では決して敵わないってわかってたからこそ、『妖精』なんてモノを引っ張り出した。あの頃のぼくはそういうものだと考えていたんだけど……」
そこから先は、口をつぐんだ。
「『彼』は本気だった……?」
「うん」
「それで、あなたは『彼』に呪われたままなの……?」
「かも、しれない。いや違うな、ぼくはずっと憧れていたんだ。『彼』は真面目に信じていたけど、ぼくは途中でどこか冷めてモノを観ていた。その冷めてるところが、自分でも嫌なんだ。だから『彼』に惹かれた。けど『彼』にはなれなかった。ぼくは、『彼』とは違うから。『彼』は妖精だったけど、ぼくはしょせんヒトの子だったのさ」
そうなのだろうか。
わたしにはわからなかった。なぜ、そうまでして自分と他人とを区別しておこうとするのか。
ヒトと妖精。
大人と子供。
現実と空想。
同じように並べられた、相容れないような二項対立。けれども子供を経なかった大人はいなかったはずだし、大人になっても空想は止むことはない。
「だったら、べつに妖精を信じてるヒトが居たって良いじゃない。わたしはまだ信じられるよ。妖精にはなれないけど、妖精を信じることはできる。惑わされちゃダメだよ」
思わず口を突いて出た言葉が、そのヒトの表情をおどろきへと突き崩した。