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「ねえ、いっしょに妖精の王国に行こうよ」


 そう言った彼は、七年後に自殺した。

 十三歳。あまりにも早い死だった。

 あとから彼の死を知ったのだけど、それを聞いたとき最初に思ったのは、この言葉の意味だった。


 あのときわたしが返した言葉を、思い出してみる。


「なにそれ、新しいプロポーズ?」

「ある意味そうかも。おれは父さんと母さんの子供じゃないんだ。本当は妖精の子供なのさ」

「えー、なにそれ」

「証拠ならある」


 と、彼は袖をまくって、腕のアザを見せてくれたっけ。

 そのアザは、いま思えば打ち身の痕で、青く、でも紋様みたいな独特のカタチをしていたような気がする。


「でもなー、ちょっとなぁ」


 わたしはというと、ママの化粧品をちょろまかしてしまうくらいにおませな女の子だったから、簡単にはその言葉を信じられなかった。


 あのころの男の子といえば、テレビやゲームの影響を強く受けすぎて、自分はちょっとした特別な存在なのだと思い込む習慣を持っていた。ニュースで問題視されていたほどだ。彼もそのひとりだと思って、わたしは受け流した。あまりにも子供くさかったからだ。

 でも、実はわたしも似たり寄ったりだったから、ひょっとすると同族嫌悪だったのかもしれない。


 誰もが大人に憧れていた。

 でも誰もが子供でいることを諦めたくなかった。

 たぶんそれは見栄だった。

 ええかっこしいの、延長線上に「大人」という言葉があったんだろうな、ていまならわかる。でも、当時のわたしたちにはそんなことがわからない。大人のマネをすることが大人の証で、そうでないものはみんな「子供」の、幼稚なものだと信じていた。


 でも。


 でも、彼だけはそれをはね返した。

 正確にいえば、彼と、もう一人だけ。


 妖精の子。そのお話は、一見バカバカしくて、とても痛々しい妄想。だけどそれを強く信じれば信じるほどに、彼はわたしを圧倒した。ことあるごとにそれを持ち出す彼の態度は、正直わたしも嫌になったけど、繰り返し繰り返し言われることで、いつのまにか信じてしまっていた。


 そうか、あの子は妖精の子だから、わたしとは違うし、わたしたちとも違うんだ。


 そう納得してしまうと、彼の言い分がわたしにわからなくても、なにも気にしなくなった。あの子はそういう子だから。わたしには理解できないから。そう言って、心のなかで突き放して、シャッターを下ろした。

 途端、彼の言葉は意味を失って、わたしには届かなくなった。ただの音になって、最終的には動物の鳴き声のように、自分とは関係のないところにあるものだと思い込んだ。


 だけど、それは逃げだったのだ。

 誰もが理解できなくて、自分のなかに逃げた。


 ひどいときは、手を上げた子もいた。意味のわからないこと言ってんじゃねえ、キモいんだよ! と教室の片隅で怒鳴る声があった。わたしは無視していた。だけど誰かといっしょに、キモいとかウザいという側には回らなかった。加害者にはなりたくなかったから。とはいえ、それは彼が死ぬそのときまで自分に言い聞かせていただけの、まやかしだった。


 わたしは逃げていた。

 たぶん彼だって逃げていた。

 誰もが逃げていた。目のまえの現実から。あるいは、目のまえに起きている出来事を映さないようにしていた。


 だから、あの悲劇は起きた。

 彼は自殺したのだった。

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