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改めて敵は水です  作者: 小長一音
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その手に憧れ、辿る記憶

 道はまだ続いている。児童図書館があったデパートの前までやって来ていた。

「あの児童図書館なくなっちゃったんだよな」

 寂しく言う大塚に文月は少し心を痛めた。

 あれは確か、ようちゃんと児童図書館に行った数日後の文月の誕生日が過ぎた数週間後、理由もよく分からないまま、児童図書館はなくなってしまった。

「一年前でしたっけ?」

「うん」

 あのまま児童図書館があったら、忘れないでいられただろうか。

 それとも、忘れてしまったから二か月後にまた出会えたのだろうか。少し変わった三つ年上の男、大塚駿おおつかしゅんに話し掛けられたのは偶然だったのかもしれない。


 欲しい本がある度にその本屋に行って、大塚と会っていた。何も約束をしていないのに、それだけで文月の手には大量の汗が出ていた。本を持つ手が辛い。

 多汗症たかんしょう、どのくらいの人が気にして生きているだろうか。

 隠れながらの苦労を知っている人は何人いるだろう。

 言わなければ気付かれないからと病院に行っていない。それが文月を苦しめ続けて来た『手掌多汗症しゅしょうたかんしょう』だ。

 ただの汗の話でしょ、汗っかきなのよ……なんて思わないでほしい。

 異常な汗のせいで苦しむ病気だ。

 本当に悩んでいる人なら、皮膚科に行って診てもらったり、いろいろと治療方法があって、すぐにでも試すだろう。

 だが、文月はしなかった。そんな時間はなかったし、何より父だって、しないで終わったのだ。

 だから、今、大塚と出会って変わろうとしていた。

 気持ち的な所でだ。


 やっと着いたその本屋に入ると大塚はすぐに気に入った本を読み始めてしまった。

 まあ、良いだろう。だが、文月には大塚のような試し読みが出来なかった。もしかしたら、紙で出来たこの売り物の本を汗のせいで消してしまったり、破いてしまったりするかもしれないからだ。だから慎重になる。

 時々そんなのをしている自分を見るとバカバカしく思えて来る時もある。

 普通の人のように気楽に読むにはパソコンで出来るではないかとさえ、思ってしまう。それでも本屋で読む感じが好きだし、空間が好きだ。だから、神経を使ってまでも読もうとするのだ。まあ、パソコンを使っていても汗は出て来るのであって、どっちもどっちなのだが。パソコンの方が比較的さらっと終わらせられるから良いという点もある。壊れる前に汗という水をなくせば良いのだから。それでもだ。本屋を選んでしまうのだ。大塚が本屋に居るからという理由を外しても文月は本屋に来るだろう。昔からの行動だろうか。本屋は本屋で買うという本能がそうさせるのか。

 だが、いくら探しても見つからない本は、救いのようにインターネットで頼む。届くと嬉しいのだが、達成感がない。むしろ安堵の方が大きい。だから、本屋に売られているなら本屋で買いたいのだ。自力で見つけられた時のあの小さな感動は超えられない。文月達が住む田舎のような街ではマイナーなものは売られていなかったり、発売日に売られていなかったりする。それをなくすには頼るしかないのだが。

 ある時はある。だから、探すのだ。

 その間にも汗が出て来る。

 これを気付かれてはならないと、密かに自分の服で汗を拭いていたりしたけれど、気付かれなかっただろうか。そこまで感心がないという風に彼はいつも本の事を言っていた。なら、良いではないか。病院なんか行かずに済む。

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