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夜が来る(小説未満)

 朝起きるとさ、いつも気だるい気がするんだよね。

 まぁそんなのもう何年も経験してる日常だから、今更別に嘆きたいことでもなくなってきたんだけど。「朝が来てしまった」なんてフレーズが一日の始まりなんて、なんか泣けてくる話じゃん?

 体を起こすと、背骨というか背中ががベキベキ鳴って、ちょっと痛い。本当に折れてるんじゃないかってたまに不安になるんだけど。これ、骨の間に入り込んだ空気が破裂する音なんだってね。ホントにいつか折れちゃいそう。

 すっかりベッドと化した椅子。机の上に散らばる参考書と、駄菓子。机の棚にハマり込んで出られなくなったデジタル時計が、現在の時刻を示す。誰が決めたんだか知らない数字を見て、ウチはふっと息を吐いたね。


「今日も、ニ時間しか寝てないや」


 まだ四時だってさ。ウチの幼なじみがこの時間に目覚めたら、絶対二度寝するね。ウチは……寝られないんだよねぇ。起きちゃうとさ、どうにも。カーテンを開けて、窓を開ける。大多数の人が爽やかに感じる湿った空気に、深呼吸。

 人が一日六時間寝るとして、ウチは四時間早く起きてるわけだけど。その四時間ってのは、人にとっては必要な睡眠時間ってモンで。一日四時間多く生きられるウチは、なんか贅沢な気もするけど、同時に人では無くなったような気分。

 ……っと、起きてさっさと支度しなきゃ。数年前から人の温もりを知らないベッドを、まるで誰かが寝ていたように見せるベッドメイキング。親には多分バレてるガバガバな工作をして、ウチは部屋を出た。



 今日は六時半に高校に着いた。丁度学校が開くのがそれぐらいなんだよね。学校から最短で徒歩十分の距離だけど、ウチは一時間以上かかる。早朝のウチは道草ばっかで神出鬼没だからね。ま、この時間だと同じ学校の人にまず会わないけど。

 途中でコンビニに寄って食料を買ったから、右手に下げた五円のビニール袋が重い。でもまぁ、コレがないと一日保たないしね。口に加えたキャンディが小さくなってきたから、しぶしぶ噛み砕く。うん、この最後が美味しいんだよね、アメって。思わず頬が緩んだけど、開いたばっかの校門前には誰も居なかった。

 さてと、昨日市の図書館で借りた小説、全部読んじゃおう。スポーツや吹奏楽部で全国レベルの自称進学校。朝から放課後まで部活動でうるさい校内で、ウチは教室で悠々と本を捲って居た。


 それにしても、学校ってものは退屈だなって思う。まぁ、最近親友たる女子高生が転校しちゃったってのもあるけど。なんとなく。

 勉強も嫌いじゃない。ウチ、これでも学年でトップなんだよね。周りから色々言われるけど、テストで点を取るのってコツさえ掴めば難しくないし。でも勉強なんて高校通ってなくても――というか通ってないほうがきっとできるし。

 「勉強ばかりが学校じゃない」って言うけれど、なんだかなぁって思うんだよね。スポーツだってクラブ入ればできるし、友人だってまぁ……ネットとかもあるし。最近はめっきり見なくなって寂しいけど、近所付き合いだってあるし。

 友達と遊ぶのが楽しい――なんて、それこそ学校飛び越えてる気が……んーダメだ、友人居なくなったから、ヒガミにしか聞こえないや。


「学校って、なんのためにあるんだかねぇ?」


 ウチが呟くと、家が近いだけの幼なじみが「一緒に飯でも食う?」なんて同情めいた誘い文句を言ってきた。そんな男臭い空間で食うわけないじゃん、それよりアンタ大会近いんでしょ? 帰宅部のウチなんてお呼びじゃないない。

 あぁ、なんか胃がキリキリする……別に食べ過ぎたってわけじゃないけど。食品が無くなった弁当が置かれた机は、教室の誰の勉強机にも連結されてなくて。

 冬休みが終わる前までは、一緒に食べる友人がいたんだけどなぁ。弁当を布で包みながら、ウチは思いに馳せた。料理が上手くて、お弁当はいつも手作りの娘。ちょくちょく弁当をつまみ食いしたけど、美味しくなかったことが無いっていうのは凄いと思う。

 うー……胃は痛いのに、お腹減ってきた。弁当箱を仕舞ったウチは立ち上がり、幼なじみの席に寄る。彼の仲良しさんが好奇心旺盛にこっちをちら見。ウチは無視して、彼の弁当からウインナーを摘んだ。


「あ、おい何すんだよ」

「んー……これはこれで。美味しいです」

「知らねぇって。てか勝手に食うなよ」

「お腹が減っちゃったもんはしょうがないよねー。生きてる実感が湧くぜーい」

「いやいや……お前コンビニで買った菓子はどうしたんだよ?」

「完食させていただきました」

「おいおい……」


 呆れたような顔されたけど、ウチだって呆れてるから。だってさ、一日三色って誰が作った文化なのさ。昔の日本は一日二食だって日本史の先生も言ってたし。どっかの長寿大国は一日一食から五食まで、お腹が減ったら食べるスタイルだって保険の先生が言ってた。じゃあ、お腹が減ったら食べるのが健康の秘訣ってもんじゃない?

 ホント間抜けだよね、誰が作ったのかも分からない常識なんかに縛られちゃったりしてさ。

 ホント毎日律儀に学校に来ちゃったりして、ウチってば本当、お間抜けさん。

 五時限目は体育だっけ? 教室になんか居辛いし、さっさと更衣室いっちゃおう。

 ……ホント真面目なんだから。ウチって馬鹿だよね。


 ☆


 放課後。同級生たちの本性が一番見えるのって、休日よりこの時間だと思う。真っ先に部活に行く人、無駄なく帰宅する人、教室の隅で勉強してる人。どちらにせよ、教室からでた生徒のほとんどは階段を下ってくもんだけど、ウチは昇る。

 途中、上の教室を陣取る1年たちがこぞって重力通りに階段を滑ってく。手すりを掴むように端を征くウチに肩や肘をぶつける下級生。痛みとか予想できんもんかねぇ。左腕をバッグでガードしてるから痛くないけど、余計にぶつかるんだよね。

 四階につくと生徒用の教室はなくて、こじんまりとした図書室の扉。ウチは図書委員だから――というか図書室をよく使うから、ここの常連。

 図書室に入ると、受験生たちが共用スペースでペンをカリカリ。秋ぐらいから珍しい光景でもなくなったけど、センターまであとニ週間もないから、中々張り詰めた雰囲気。思わず叫んで邪魔してなりたくなるような、静けさ。

 まぁ流石にしないけどね。ウチはカウンターの中に入って、図書委員としての役割を全うしようとした。


「これ、返却お願いします」

「ん。……ほい」


 図書委員の仕事は簡単で、借りる本だろうが返す本だろうが、とりあえずバーコードを通せばいい。借りる本なら追加で、返却期限が描かれたスタンプを指定の紙に押して、本に挟めばいい。小学校の時とかは、代本板やらで面倒だったんだろうけどね。古い本だと、バーコードラベルと貸出シートが共存してることもあって、時代を感じる。

 ウチの図書室は生真面目というか、参考書とか辞書ばっかり。だからまぁこうやって受験生のたまり場になってるんだろうけど。小説も古典やら純文学やらで、せいぜい夏休みの読書感想文用の図書とか? とにかくお固い。だから月の貸出が百に満たないのも至極当然だと思うんだけどね。

 今の子は数少ない図書館の常連。利用者が少ないから、名前も顔も覚えた。市の図書館にでも行けばいいのに。ブサイクだし。


「どれどれ……新刊はっと」


 放課後の図書室はホントに暇。受験ノイローゼと同じ部屋ってのが気に入らないけど、とりあえず本読んで時間潰せばいい。ウチは学校にリクエストした、まだラベルも貼られていない新刊本を漁る。……あった、これこれ。市の図書館で借りて、続き気になってたんだよね。

 新刊でも取り揃えてくれるところは、図書館の良い所。図書館の物を好き勝手出来るのも、図書委員の良い所。使えるもんは、使わなきゃね。ペラペラと本を捲り読み込む。

 問題という強敵を前に唸りをあげる生徒がやかましいけれど、ゆったりとした放課後だと思う。あとは――


「お腹空いた……」


 お腹がぐるぐる唸ったら、受験生が獣みたいな目でウチを睨んできた。ぐるぐる言うけど、別に威嚇してるわけじゃないのにね。それより、図書室飲食禁止だから面倒だなぁ。あ、あの人水筒飲んでる。憂さ晴らしに注意しよっと。

 ウチが立ち上がった時、間違って椅子を倒しちゃった。がしゃんという音に、勉強マニアたちが一斉にウチを見る。あぁ、もう。

 こいつら全員、叩き出したいね。ホント。



 六時になって、図書館の仕事はお仕舞い。冬休み以降は九時まで開放されてるけど、そんな時間に貸出しする人もいないわけで、ウチの役目はお仕舞い。あとは先生によろしく任せた。

 日も短くなって、すっかり真っ暗になった空を見つめる。そらには月がぽっかり、星は見当たらない都会の空。親友は転校して兵庫にいるんだっけ、あっちは空綺麗なのかね。テレビやゲームでしか、星なんて見たこと無いや。たまにオリオン座とか見えるけど。


「おーい」


 聞き覚えがありすぎる声に振り向くと、幼なじみが校門前で立っていた。そうか、サッカー部が丁度終わる頃だっけ?……大会前なのに、余裕じゃん。

 まぁね。あいつも一緒に帰ってくれる可愛い彼女が居なくなっちゃったから、人恋しいのかもね……ってそれこそ部活仲間と帰りなよ。


「何してんの、暇そーじゃん」

「いやいや、お前を待ってたわけで」

「斬新なストーカー?」

「斬新すぎねぇ?」

「そう? ウチはそれでもいいけど」

「……俺が嫌だよ」


 アハハと笑って、はい終わり。ウチは演技派の自信はあるけど、演技するのは疲れる。だから、やらない。でも、本当のウチは見せない。面倒な女だよね、ウチ。

 バッグを持ってもらって、帰宅道。手ぶらだから体は軽いけど、だからって空は飛べないし、つまらないね。決して長くない帰り道をぽてぽて歩いていると、居心地悪いのか、後ろから掛け声。


「なぁ、最近のお前テンション低くね?」

「そ~見える?」

「見えるから言ってるわけで」


 そりゃまぁ、学校で話すこと自体減ってるわけですし。むしろそれでテンション変わらなかったり上がってたりしたら、それは妄言妄想入り乱れた変態じゃない? ウチがそう返すと、口ごもって何も言わなくなる。張り合いないなー。不完全燃焼もいいとこですよ頑張って欲しいね。


「それいったら、そっちもテンション低いじゃん。遠距離恋愛上手くいってないとか?」

「いやいや、順調も順調。それどころか、むしろ嬉しいね。なにせ、『好き』って言ってもらって――」

「はいはいお腹いっぱいです胃もたれしますしました」

「……珍しいな。お前が胃もたれするなんて」

「そりゃまぁ、食えないものは食えないし」


 言うんじゃなかったな、反省。人生楽しそうな人は、悩みもせずに楽しそうでいいなってウチは思うね。ウチもそれだったらどれだけ良かったか。

 途中にある自動販売機で、コーンポタージュをおごってもらう。温かいココアとかもいいけど、ウチはコレが飲みたい気分。意図せず残ってしまうコーンとか、腹ただしいぐらい好き。あ、残った。逆さに缶を持ったまま、底をトントンと叩く。口にコーンが飛び込んでくる。


「……胃もたれってなんだっけ?」

「ウチにとってはお腹が空く時間帯」

「はいはい。……で、どうなんだ?」

「何が?」

「ほれ、最近お前一人が多いじゃん。友人とか作れば?」

「あーはいはいそれね」


 ホント、軽々しくとんでもないこと言うよね、恵まれてる人ってさ。「友人とか作れば」なんて、笑っちゃう。笑えないけど。

 まぁ確かに、形だけの友人作るだけなら楽なんだけどねぇ。そんなの作ったって、タカがしれてるというか、むしろウチにとっては邪魔なだけだし。ホント、女子同士の付き合いなんてギスギスしてるばっかてダルいんだから。男にはわかんないよね。


「なんというかさー、ウチの学校にいる人って……まぁ当然っちゃあ当然だけど、フツーの人達じゃん?」

「ん? そう、なのか?」

「フツーじゃつまらないんだよね」

「俺の彼女が普通じゃないみたいな言い方やめてくれません?」

「いやぁ、フツーじゃないですね。あの料理テクは」

「そこかよ」

「そこでーす」


 適当に受け答えしながら、ウチはキョロキョロと空き缶の捨場を探す。コンビニがあったけど、駐車場のせいでゴミ箱まで遠い。ボツ。どっかに手頃な自動販売機無いかなー、なんかいっぱいあるクセに探すと見つかんないんだよね、なんなんだろうね、コレ。

 帰宅を始めてから十分ちょっと。お互いの家が見えてきた辺りで、ウチは自動販売機を発見。コーン全部食べられなかったけど、さらば。勿体無いオバケに平謝りしながら、缶を捨てる。ストライク。


「でもさぁ、学校一人じゃつまんないんじゃねぇの?」

「んー?……いや、ウチ最近気づいたんだけど」

「気づいた? 何に?」

「一人って意外と楽しい」

「嘘つけ」

「バレた?」

「そりゃ分かるよ。お前の嘘、わかりやすいし」


 あらまー。ウチは大げさなリアクションを取って、そのついでに自分の通学カバンを奪い返す。大抵の荷物は学校だから、中身は本数冊と、空の弁当箱と、汗臭い体操服。細々としたエキストラ。

 ウチは見せびらかすように、バックを顔の高さまで持ち上げた。


「持ってくれてありがとね」

「おう。もういいのか?」

「んーというか、市立図書館に返す本あるし」

「それ早く言え」

「ごめんねー。じゃっ、さらばだー少年よ」

「おう、また明日なー」


 ウチは家を通り越して、市の図書館に向かって歩き出した。閉館は七時だから、ちょっぴり早歩き。ライトなしで突っ込んできた自転車をひらりとかわし、ウチは街灯と生活光溢れる道路を歩く。

 ……やっぱりね。


「バーカ」


 ウチは舌をちょろっと出して、小さく呟いた。ウチの嘘がわかりやすいのには、ちゃんと理由がある。

 一人が楽しいっていうのは嘘。だけど、一人になりたいっていうのが本当。人間お間抜けさんだから、一つ嘘見破ると、それで満足して本心探れないのよね。バーカ。もう一度呟くと、近くの家で犬がわんわんと吠えた。動物は、その辺も分かっちゃうのかね。

 あーあ、一人になりたいなぁ……

 朝早く起きたって、時間目一杯学校にいたって、寄り道したって。ウチは学生という養ってもらう立場なワケでして。夜になったら、家に帰らないといけない。友人がいれば泊まるのもできるけど、居候じゃないんだから毎日とはいかないし。


「今日も夜が来ちゃったなぁ……」


 とっくに真っ暗だった空の闇が、どんどん濃くなっていく。夜にも濃淡があることをウチは知ってる。それはもう、文明人がどんなに照らしても押し返せないぐらい濃い色。

 きっとウチは図書館に寄って、条例違反らしい時間でちょっと寄り道して、コンビニで夜食を買う。でも、家に帰らないといけないのは確定なわけで。そう考えると、胃がキリキリと痛んでしょうがない。

 なんて言ったらいいんだろね、この感覚。別にお腹が空いてるわけじゃないし、喉が乾いてるわけでもないんだけど。とにかく、無性に口寂しいんだよね。胃下垂じゃなかったら、おデブさんまっしぐらに違いないよね。


「あー……ホント、一人になりたい」


 手遅れなウチは、今日もきっと深夜になっても眠れない。二時間ぐらい眠ってちょっとお得な気持ちで、最悪な朝を迎えるんだろう。そして、何も無かったような顔で、ひょうひょうと笑って――

 いっそ、二度と目覚めなければいいのにね。ウチなんか。

 図書館に進む道のり、すれ違う学生や社会人。彼らがなんの抵抗もなく帰路を進む姿が、ウチにはとても羨ましかった。

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