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傀儡の王

「この男はまだ使える。こいつの軍もそのまま使う事になる。気持ちはわかるがもう暫くがまんしてくれ」

 手を離したヴァイロンに代わってイーヴァルアイの手がヴァイロンの肩にそっと置かれる。

「信じろ――悪いようにはしない」

「くっ……わかった」

 ヴァイロンは『鍵』に命ずる。

「変じよ」

 剣は指輪に変わり主の指に納まる。

「それにしても酷くやられたな」

 ヴァイロンはイーヴァルアイの体を見て自分の身におきたかのように傷ついた顔になる。

「目立たないようにお願いしておりましたのに何でドリゲルトの寝所におられるのがあなたなんですか」

 頭から湯気を出しそうな勢いでラドビアスの小言が始まる。

「奥のほうに潜んでいたんだよ、本当だってば――まあ、今回はさすがにあせってしまったが」

 ――今回は、ということはこんな事が前にもあったのか。 痛いからよせ、と水で濡らした布で体を拭くラドビアスに文句を言っているイーヴァルアイを唖然とヴァイロンは見つめた。

「あの男の匂いがしみついておりますよ、わたしはまだ許しておりませんからね」

「痛いっ、匂いだと? そんなもの知るかっ、おまえに許して貰えなくて結構だよ」

「何でもいいですけど大人しくなさっていて下さい。わたしは服を持ってまいりますから」

 ラドビアスの関心は主が上半身はだかである一点に向いているようで、印を組むと早口で呪文を唱えると竜門を開ける。

「では行ってまいります」

「香を持ってきてくれ」

 はい、と返事もそこそこにラドビアスは開けられた闇に消えた。

「竜門は誰でも開けたり通ったりできるのか」

「竜印のある者か、王ならな――だが何とかして他の魔道師も将来的には通れるようにしなくてはな」

 ヴァイロンの問いにイーヴァルアイは首を傾けて答え、目線を転がされているドリゲルトへ向けた。

「無理やり人を支配するのが好きだよな。では逆はどうなんだ? 好きだといいんだが」

 血走った目を向けたドリゲルトの腹に蹴りを入れるとイーヴァルアイはヴァイロンを呼ぶ。

「血がいる、ヴァイロン手伝ってくれ」

 倒れているガウシスの腕を指差して店先で物を買うように言う。

「これがいる。肩口から斬ってくれ」

「――わかった」

 何が始まるのかと思いながら『鍵』を剣にすると、ヴァイロンは叩くようにして腕を切り落とした。

 その腕の切り口を下にして流れる血をさっきまでドリゲルトが使っていただろう杯に受けていく。 血は溢れて杯を持つイーヴァルアイの腕にも赤い模様を描いていく。

 そこで用済みになった腕を放り投げると、部屋の中央に指を杯に度々浸しながら魔方陣を描いていく。 一心不乱に作業を進めてよしっ、と言いながら立ち上がった。

「ラドビアスが戻ったら二人でこの男をこの魔方陣の真ん中に置け。開けてあるところを通るんだぞ、線を踏んで消すなよ、ヴァイロン」

「何をするのか見てていいか」

「だめだ」

 ぱしりと断られて憮然とするヴァイロンに気付いてイーヴァルアイは小さく舌打ちをする。

「わたしは……」

「一緒にいると気が散るし、術に巻き込まれる恐れがあるからだ。そんなお預けをくらった犬みたいな顔をするんじゃない」

 ヴァイロンが言い返そうとした時、竜門が開いてラドビアスが戻ってきた。

「あーあ、なんですか、また汚して」

 ラドビアスにまた小言を言われながら体を拭われて黒いローブを着込んだイーヴァルアイはラドビアスに手を差し出す。

「はい、持ってきました」

 イーヴァルアイはラドビアスに渡された香炉に火を呪でつける。 それを見てラドビアスは手筈を知っているのかドリゲルトの所へ行く。

「足をお持ちになっていただけますか、ヴァイロン様」

 だらりとしている大男を運ぶのは大仕事だったが何とか運び終えると、イーヴァルアイが魔方陣の外側から開けていたところを描き入れながら内側に後ろ向きで進んで行った。

「出ろ、二人とも」

「はい」

 ヴァイロンはラドビアスに促されて、目をあけっぱなしにして口から涎を垂らしているドリゲルトとイーヴァルアイを残して部屋を出た。

「ドリゲルトを傀儡の王にして完全に全島を支配できましたら、もう一度大きい術式で軍全部を傀儡の軍とします。何、自国の軍ができるまでの措置ですよ」

 ――軍全部だと? ではそれには何人の血が要るのか。 それはどこから調達するのか。

 ラドビアスの説明にヴァイロンの背中にひやりと冷たい汗が流れる。

 半刻ほど後、扉が開いてヴァイロンはラドビアスのあとに続いて部屋に入る。 香炉から放たれた独特の香の香りが頭を痺れさせて、軽く頭を振って前を見ると円の中心にドリゲルトは身を起こして静かに座っていた。

「わたしはヴァイロン様の命に従います」

「明後日にも南からイール将軍の率いる軍が帰城する。うまく欺け、できなければ殺せ」

「はい、仰せのままに」

 ドリゲルトが頭を床に着けるのを見てヴァイロンはイーヴァルアイに顔を向けるとそれに対してどうだ、と言わんばかりにイーヴァルアイはにやりと笑った。



 湯を使って体をきれいにしたヴァイロンは寝ようと寝台に横になったがなかなか寝付けないでいた。 ガウシスに擬態したラドビアスはドリゲルトに付いて行ってしまう。この部屋にイーヴァルアイと同室にしたのはイーヴァルアイの体を心配してのことだったのだが。

「では、おやすみ」

 ヴァイロンの横にするりと入ってきた、イーヴァルアイがヴァイロンは気になってしようがなかった。

 

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