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嫉妬するほどの孤独

「本当にお会いしたかったんですからね」

 ラドビアスが低く呟いた。 モンド国の宰相に擬態ぎたいし、ルクサン皇国のドリゲルトの側近に近づき戦意をあおった。

 この一年ほどいろいろと裏で動いていたのだ。 この度のヴァイロンを襲った悲劇も偶然では無い――しかしこれからやっと始まったところだ。

 まったく夢を見る事もなくヴァイロンは眠り続けていた。 果たしてそれが自然になのか、術にかかっていたのか定かでは無かったがそれでも体力の回復には役立ったのは確かだった。

「……ん」

 寝返りを打って手が壁に当たり、その衝撃で目が覚めたヴァイロンは慌てて起き上がる。

「ここはどこだ?」

 湿った毛布を払いのけて狭い部屋の中でしばらく頭をめぐらして、思い出す。

 ――ここはハンゲル山の廟だ。

「目を覚まされたのですか」

 その声に驚いて振り向くと灰青色のローブを着た男が寝台の端近くに立っていた。

「イーヴァルアイは?」

 勢い込んで問うヴァイロンに水を入れた杯を渡しながら男は言う。

「喉がかわいておられませんか。十日間も寝ていらっしゃったのですよ」

「十日間?」

「はい、わたしはイーヴァルアイ様のしもべでラドビアスと申します。 何なりとお申し付けください。 主はもうじきお帰りになりますよ」

 ラドビアスが持ってきた水を飲んでいかに自分の体が水を欲していたかがわかった。 三杯目の杯を飲み干しながらヴァイロンはそれでも腹の虫が治まらない。

 ――わたしと二人だけだといいながらあと何人従者がいるのかわかったものではない。 イーヴァルアイの事を簡単に信じるものかとヴァイロンは苦い顔で闇の中へ行ってしまった魔道師を思った。

 その後、ラドビアスの持ってきた粥をヴァイロンは口にして初めて自分は腹がすいていたのを意識する。

「少しずつ形のあるものにしていきますので」

 器をヴァイロンから受け取るとそう言い残してラドビアスは部屋を出て行く。 それを見送って自分はそんなに弱っていたのかとヴァイロンは息を吐いた。

 そっと寝台から足を降ろしてみる。 床を踏む足に少しずつ力を入れて立ち上がりかけたヴァイロンに、いつ戻ったかラドビアスが声をかける。

「『鍵』をお持ちください、ヴァイロン様。変じよとお命じください」

 渡された剣に命を下すと剣はヴァイロンの手の中で指輪になって収まった。

「いつも御身から離さずお持ちくださいませ」

 それはあつらえたかのようにヴァイロンの右手の中指にぴたりとはまる。 いつの間にかヴァイロンは夜着に着替えていたようだ。 すぐに清潔に洗われた服を持ってラドビアスが現れてあっと言う間に着替えさせられた。

 ラドビアスの差し出した肩に体重を預けながら、広間に行くと竜門に内側から手が掛かったところだった。 白く長い指、そしてその持ち主が姿を現す。

「終わりましたか」

 ラドビアスが問う。

「大陸側はあらかたな」

 疲れた声で答えるとラドビアスの横のヴァイロンに声をかける。

「起きたのか、ヴァイロン」

「おまえはわたしと二人とか言いながら、何人従者を持っているんだ?」

「ああ、そのこと」

 イーヴァルアイは困った顔を見せる。

「弁明したいけど今はうまく頭がまわらないな、ヴァイロン」

 その場に座り込むイーヴァルアイにヴァイロンは唇を噛む。

 ――そんな事を言いたいのではなかった。 こんなに疲れているイーヴァルアイを前にしてわたしは何を言っているのか。

「手を離します、ヴァイロン様お許しを」

 ラドビアスが一言ヴァイロンに断りを入れて貸していた肩を外すと、イーヴァルアイに駆け寄り背中に手を差し入れて抱き上げる。

「少しお休みください」

「……ん」

「ヴァイロン様申し訳ありませんが少し失礼させていただきます」

 ラドビアスはそのままイーヴァルアイを抱いて広間を出て行った。

 ――しかし十日間でこの島の大陸側の海岸線に結界を張ったとは本当なのだろうか。 いくら小さい島国といえど……。 しかし彼が力を使い果たすまで約束をこなそうとしているのは本当のようだった。信じるしかない。

 ヴァイロンは左手で右手にはめた指輪を確かめるように触れる。 契約は交わしたのだから、今は……信じるしかない。

 次の朝、ヴァイロンが広間に行くとイーヴァルアイが竜門を潜るところだった。

「もう、体はいいのか」

「今は多少は無理をしなきゃいけない時期なんだ。行ってくる」

 にやりと笑うがその顔は青白く、目の下にはくっきりと隈ができていた。 重い気持ちで見送ってから何日も帰ってこないイーヴァルアイにヴァイロンはいらいらと日々を送っていた。



「こちらから連絡はつけられないのか、ラドビアス」

 思ったより大声になる。

「つけてどうなさいます?」

 ラドビアスが不思議そうにヴァイロンを見るのにますます苛ついて、やつあたりなのはわかっていてもラドビアスに大声で喚く。

「心配じゃないのか、おまえの主人なのだろう。あんなに憔悴した顔で出て行ってから十三日経つぞ」

 ヴァイロンの切羽詰った声にラドビアスは、はっとして思いいたる。

「申し訳ありません、主は命に別状はございません。もし主の命にかかわる事がありましたらわたしにはすぐわかります。つい、自分がわかっているのでヴァイロン様のお心も同じであるかのように錯覚しておりました。ご心配だったのですね」

 ラドビアスは深く頭を下げた。

「どうしてわかるのだ?」

 ラドビアスの話にヴァイロンは興味を引かれて歩きまわっていた歩みを止める。

「はい、わたしには竜印がございますので」

「りゅういん?」

「これでございます」

 胸元を大きく下げてみせたラドビアスの左胸には、血で描かれたような線で竜が翼を広げた形の痣がくっきりと浮かび上がっていた。

「これでわたしは主と繋がっておりますので、何かあったらすぐにわかります」

「そうか」

 思いの外苦い思いを抱いて搾り出すように言う自分の声にヴァイロン本人が戸惑う。 イーヴァルアイとこの従者はわたしの立ち入ることのできない縁で結ばれているのだ。

 ちりちりと胸が焼ける思いでヴァイロンは黙りこむ。



 ――これは嫉妬だ。 それほどに自分は孤独なのだ。 誰にも立ち入ることの出来ない相手のいる二人に対してわたしは嫉妬している。 待つことしか出来ない今の状態にヴァイロンは歯噛みする思いだった。

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