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密輸

「わたしはともかく、おまえ、イーヴァルアイを裏切っているのではないだろうな」

「――わたしは主を敬愛しております」

 これ以上は何も答えないときっぱり言い切るようにラドビアスはヴァイロンの目を見る。 ヴァイロンはラドビアスから顔を背けて溜息をついた。 何年付き合ったとしてもこの男の内面まではとうてい自分にはわからない。

 そのまま夜を迎えて鬱々(うつうつ)としていたヴァイロンは誰かが扉を開けたのに気づいて起き上がった。

「ヴァイロン様、地下に動きがあったと使い魔が知らせてきました」

「わかった、行こう」



 二人は船着場を見下ろす場所へ竜門を開けて音を立てないように潜んだ。 大勢の水夫が荷を運んでいる。 昨日は聞こえなかった、獣のような声は女たちの声のはずだ。 ヴァイロンは昔を思い出して顔を歪める。 突然の王の来州に慌てた州候が計画を早めたのだろう。

 ――あの荷は香辛料、ということは密輸をしようとしているのか。 女たちを使って結界に穴を空けて国境を破ろうとしている。

 レイモンドールは国境に結界を敷いているため、こちら側からも他国へ自由に交易するわけにはいかない。 荷はすべて首都サイトスを経由して船を出さないと大陸側には出られないのだ。 サイトス以外の港は国内向けに荷を運ぶ中型船までしか出航できない。 戦乱の時代から何十年も経って、他国からの進入を防ぐ結界を感謝するよりも不便に感じる世代が出てきたのは仕方ないのかもしれない。 しかし、それを許すわけにもいかない。

「もう少し近づくぞ」

「はい」

 物陰からすぐ前を通る魔道師の口を塞いで後ろから引き倒しざま、横にいる魔道師の腹に拳をいれる。 そこへラドビアスが短剣で首の後ろを次々と刺してあっという間に息を止めた。 奪った薄茶のローブのフードをすっぽりと被って船の近くへ寄ると州宰の魔道師、リードルが二人を止めた。

「そこの二人、止まれ」

 リードルが恐ろしい勢いで飛びこんで来たと思うとヴァイロンの首に剣をつきつけた。

「サンテラ、その手の中にあるものを離せよ」

 にやりと笑うリードルの言葉に、ラドビアスは手の中の短剣を落とす。

「おまえ、何者だ」

「これは国王陛下、お初にお目にかかります。わたしはベオーク自治国から参りました、インダラといいます。ああ、リードルのままでしたね。失礼しました」

 男は片手であっさりと印を結ぶとりードルの体を脱ぎ捨てるように横に払った。 そして現れたのはラドビアスほどの長身の男だった。 目を惹く、切れ長でつり上がった目元。 きつく頭頂部で結んだ髪は一本の黒い絹のリボンのように腰まであり、インダラの動きにつれてゆらゆらと揺れている。 着ているのは襟の高い合わせが片側にあり、長い上着の両側に深く切れ込んでいるもの。その下に幅広のズボンを履いている。

 ――インダラというとイーヴァルアイの兄の僕だったはず。 ということはベオークが裏で糸を引いているのか。

「リードル、おまえ……」

 州候のレーニエが口をあわあわさせて後ずさり、後ろに立っていた大柄な魔道師にぶつかり止まる。

「レーニエ様、大丈夫ですか」

 大柄な魔道師はがしりと州候の肩を抱いた。 しかし、ほっそりとした者が多い魔道師の中にあってこの男は異様なほど縦にも横にも大きい。 男は深く被っていたフードを上げてヴァイロンの方に顔を向ける。

「久しぶりだな、ヴァイロン。サイトスでは世話になったな」

「――ドリゲルト」

 そんな馬鹿なと愕然がくざんとするヴァイロンににまりと貼りついた笑みを見せているのは、ドリゲルトその人だった。 しかし、その姿は昔のままだ――ということはラドビアスが竜印を刻印したのはこの男だったのか。 だが、ドリゲルトは呪をかけられて廃人のようになっていたはずでは……。

「久しぶりの対面に喜んで言葉も無いというところか、ヴァイロン?」

 言うが早いか腰から抜いた剣を振りかぶって一とびでヴァイロンの頭上に降りて来る。 とっさに反応出来なかったヴァイロンの横からラドビアスが地面の短剣を拾い、ドリゲルトの剣を弾いた。

「何のつもりだ、サンテラ。わたしの邪魔をするとは」

「ヴァイロン様をどうなさるおつもりです、バサラ様。お約束が違います」

「約束――何の約束だったか。忘れたな、インダラおまえ覚えているか」

「さあ、存知ませんが」

「だってさ、悪かったな、サンテラ」

 ドリゲルトは印を組んで自分の体を引き裂いて捨てた。 その中から現れた人物にヴァイロンは息を飲んだ。 亜麻色の髪で水色の瞳、薄い唇が半円を描いてにまりと上がる。

「主人に刃物を向けるなどとは物騒な僕だな、それでわたしをどうしようというのだ」

 バサラと言われた男はラドビアスの手からあっさり短剣を奪い取る。 イーヴァルアイと同じ親から生まれたのは紛れも無い事実だろう。 髪も瞳も顔立ち全てが驚くほど似ているのだ。 双子のように……といかないのはその差異が男と女の違いのようなものだからだ。

 バサラは長身の大人の男なのだ。 イーヴァルアイの女性と見紛う外見とは一線をかくしている。

「命を助けてやった恩を忘れてさっさとカルラに鞍替えするような奴には罰がいるな」

 その言葉が終わらぬうちに、ラドビアスの胸に奪った剣を突き立てる。

「――バサラ様」

 バサラはがっくりと膝を付くラドビアスを突き飛ばしてヴァイロンの腕を掴んで引き寄せる。

「おまえ、カルラにいいように操られているのに仲間だと思っているんだろう?」

「どういうことだ? カルラとはイーヴァルアイのことか」

「そうだよ、そしてこの島に結界を張ったのだっておまえのためじゃない」

 唇の右端をにっと上げて笑うその仕草までイーヴァルアイそのものだった。

 この男のペースに巻き込まれてはいけないと思う気持ちと、バサラの話を聞きたい気持ちの板ばさみになってヴァイロンは身動きが出来ない。 その様子をわかっているのか、バサラは薄く笑った。

「じゃあ何のためだというのだ」

「それは――我らから逃れるため、だよ」

「逃れる?」

「奴は重罪人だからな、だいたいあいつは……」

「ヴァイロンにいらないことを吹き込むのはその辺にしといてもらいましょう」

 バサラの言葉は彼と同じ質の高めの声に断ち切られる。

「イーヴァルアイ」

 イーヴァルアイは竜門を閉じてヴァイロンに目を向けた後、しゃがみ込んでラドビアスの胸元から短剣を引き抜く。

「それからわたしの僕にちょっかいを出すのも止めてもらいましょうか」

「――カルラ様」

「その名を呼ぶな、ラドビアス。手間をかけさせるなよ。おまえはわたしの僕だろう、ふらふらするんじゃない。何のために結界を張ったのだかわかないだろっ、ぼけっ」

「おいおい、サンテラはわたしの僕だと思うんだけど。それにしても相変わらずお転婆だな、カルラ。まあ、そこがいいんだけど」

『ラグズ、ティワズ、ハガラズ、イス』

 イーヴァルアイは大きく宙に範字で『カ』を描くと印を切る。 その手からは激しい水流が噴出してバサラのところへ届くころには氷化し、たくさんの矢のようになっていた。



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