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ザーリア事変

「何だよ、おれは何も知らねえよ」

 男はおどおどしながら上目使いでヴァイロンを見ながら隙あらば逃げようと身構えている。

「おまえの彼女がどこで消えたのか教えてくれさえすればいい」

「だから、おれは何にも知らねえって言ってんだろ」

 不貞腐れたように言う男は背後のラドビアスが懐をさぐるのに気付いてびくりと体を震わせた。

「我々と一緒に行って場所を指差すだけでいいんですよ。今日の商売はこれくらいにしたらどうです? ここの商品は全部わたしどもが買いましょう。暫く店を休んで体をやすめてはいかがですか」

 ラドビアスは懐から出した袋から金貨を五枚ほど男の手にのせてやる。 刃物でも出すのかとびくついていた男は心底ほっとして今度は金の重みにごくりと唾を飲み込んだ。

「わかった、指差すだけだぞ」

「それでいい」

 男の後を歩くラドビアスの背中にヴァイロンは呟くように言う。

「おまえいっぱしの子商人のようだな」

「お金はこんなふうに使うものですよ、ヴァイロン様」

 ラドビアスはにやりと笑って見せた。 男について歩いて行くとちょうど袋小路になっている場所で男は止まる。

「ご苦労だったな、もう行っていい」

 その声が終わる前に男は走り去った。 一、二年は遊んで暮らせるほどの金だがこの街から出て行くつもりかもしれない。

「何かわかるか」

「はい、確かにここに竜門が一度開いたのはまちがいないようです。痕跡が――あります」

 ヴァイロンから見ると何も見えないのだがラドビアスは差し出した手を見つめてヴァイロンを振り返った。



「竜道を通れる者は竜印のある者か、ペンダントをしている者、だったよな。ペンダントの管理はどうなっている?」

「ザーリア州の州宰はペンダントを持っているはずです。州宰の任についている者は頻繁にサイトスやゴートの廟と連絡をとる必要がありますから。ここから逆に竜道を辿たどってみましょう」

 ラドビアスが印を組んで呪を唱える。

『アルベルト、ルーファス、サイロス、解せよ』

 ぽっかりと開いた闇にもう一度印を組んで呪を唱える。

『逆手、逆用、後を追え』

「サイロス、この道を通った者の後を追ってどこへ抜けたか報告せよ」

「御意」

 人間の声であるようで金属とも風の音とも聞こえる声を残し黒いもやの塊りが闇の中へ消えた。

「ラドビアス、今のがサイロス?」

――あの廟にいた三人の内、最後に竜門に引き込まれたイーヴァルアイの従者、生きていると言っていたが……。

「ということはアルベルトやルーファスとも話すことができるのか」

「はい、印で開放すれば。しかし、今は一人を解放しておりますので竜門を二人で守護している間は無理ですよ。話をしたかったのですか」

 勢いこんで尋ねるヴァイロンに早く言えば良かったのにというふうにラドビアスが答えてヴァイロンを憮然とさせる。

「おまえは通じている事といない事に落差がありすぎるよ、まったく。アルベルトもルーファスもわたしには大切な臣だったのだから」

 闇の中にもう一つの闇が帰って来た。

「道は州城内に通じておりました」

 よく聞かないと取りこぼしそうな声。

「このザーリアの州城か」

「はい」

「戻れ、サイロス」

 ラドビアスが印を組むと黒いもやは霧散し、闇に溶けた。

「州城に――行くことになったな」

「荷を取りに一旦、宿に戻りましょう」

 ヴァイロンにうなづいてラドビアスは竜門を閉じて、宿に戻るヴァイロンの後に続く。


「お帰りなさい」

 ヴァイロンの姿を認めて手を振りながらエレーヌが二人を宿に招き入れる。

「ただいま、しかし悪いのだが今日、出発することにしたんだ。宿代は今日前払いしている分に明日の分まで払うよ――それと、あの話に聞いた果物屋の商品を全部引き取ってくれないか。代金は払っているから」

 ヴァイロンの言葉に唖然とする娘の手にヴァイロンの後ろに控えていたラドビアスが金を握らせてそのまま部屋に入っていった。 心底がっかりしてエレーヌは部屋を振り返りながら階段を下りていく。

 素早く着替えを済ましたラドビアスが杖を剣に戻して机に置くと竜門を開いた。 そしてまだ着替えているヴァイロンに声をかける。

「一旦、ゴートの廟に戻り主にこの事をお伝えした後、州城に参ります。王が来城することを先触れなしでは先方も困りましょうから先に州宰と会って参ります。すぐ戻りますのでお待ちください」

 言い置いてラドビアスは竜門をくぐった。 そこへノックの音がするやいなや元気の無い声とともに部屋の戸が開いた。

「お客さん、最後に美味しいお茶を……」

 ――鍵を、かけ忘れていた。 客室に入るのにまさか客の意向を聞こうともしないで戸を開ける者がいるとはヴァイロンは思いもしなかったのだ。 あっと思う間もなく開いた戸からエレーヌは部屋の中に消える闇を見て盆を取り落とした。

「こ、これってっ、た、助けて」

 その先はヴァイロンの手に口を塞がれて続かない。

「わたしは娘たちを誘拐はしていない。それを調べようとは思っているが」

 エレーヌは最初のやみくもな恐怖が薄れてくると背後から抱きかかえられている形になっている今の状態にのぼせてしまっていた――この人、水仕事も力仕事もしない人なんだわ。 なんて綺麗な指なの。

「手を離すよ、声を出さないでくれるね。何もしないから」

 こくりとうなづくエレーヌにヴァイロンは彼女から離れた。

「悪かったね、乱暴な事をして」

「いえ、そんな。わたし嬉しかったし……じゃ、なくて、あの、何言っているのかしら」

 どぎまぎと言いながら目の前に立つヴァイロンを見てもう一度大声を上げそうになって自分の手で口を押さえた。

 ――本当に王子様なの?

 このザーリア州では少し暑そうだがきっちりと仕立てててある深い紫の上着の下に着ているのは、レースが襟と袖にたっぷりとついたシャツだ。 複雑に糸を絡めて作られるレースは手のひら大の物が砂金一袋分もする最高のぜいたく品なのだ。 ぴったりとしたズボンに鹿皮のブーツを履いている。 このザーリア州でブーツを履いている者などいないがそのいでたちがあまりにも王子様然としているためエレーヌはうっとりとヴァイロンを眺めた。

「戻りました」

 いきなり現れた闇の中から人が出て、エレーヌは夢から覚めたように再び声を上げそうになったが気付いたヴァイロンに口を塞がれて目を白黒させた。

「――どうしたんです、これは」

 ラドビアスは目の前の状態に目をしばかせる。

「鍵をかけるのを忘れていたんだ」

「そう、ですか。見られましたか」

 灰青色のフードをはねのけて顔を見せた男はヴァイロンの従者の男だった。 その男がずいっと口を塞がれているエレーヌに顔が付くほど近づいて声を落として言う。

「今見たことを人にしゃべると身に障りがありますよ」

 言ってから目を離すこともなく後ろに下がると大きく手を振り回すように印を結んだ。 呪をかけられたと身を固くしたエレーヌを見てにまりと笑うとラドビアスはヴァイロンに声をかける。


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