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忍び寄る老い

「陛下、何の御用でしょうか」

 いつものように笑顔をうかべてガリオールが部屋に入って来た。

「すまないがラドビアスを呼んでくれ」

「どんな御用か、お教え願えませんか」

 ガリオールの笑顔が曇って強い調子になる。

「ラドビアスに直接言う」

 ヴァイロンはガリオールの小さい抗議にはまったく構わず、そっけなく言った。 いつもは誰に対しても王としては気を使いすぎなくらい気を使うヴァイロンの態度に、不穏な気持ちを抱いたがガリオールは仕方なく頭を下げる。

「御意のままに」

 半刻ほど後、執務室から居室に戻ったヴァイロンの元へラドビアスが一人で竜門から姿を現した。

「陛下、お久振りでございます。何か――ありましたか」

 うなずいてヴァイロンは寝台の横にある机を指差す。 机の上には細長く畳まれた絹の布が置いてあり、その布の上にあるのは……。

「――陛下」

 ラドビアスはフードが後ろに落ちるのも構わず、机へと走り、机の前でぴたりと足を止めると顔だけヴァイロンに向けた。

「――元に戻らないのですか」

 確認するようにヴァイロンを見るとヴァイロンはうなずきを返した。 ラドビアスの喉がごくりと鳴る。

「少し前から時々姿を勝手に変えていたが今日はいくらわたしが命じても指輪には戻らず、剣のままだ。ラドビアス、これはどういうことだ?」

 尋ねているようで実はもうその答えを知っているのだとラドビアスはわかっていた。

「主を――お連れします」

 逃げるようにラドビアスは竜門に消え、ものの数ザンとかからぬ内に再び竜門が開く。

「早いな」

 ヴァイロンは苦笑いを浮かべる。

「ヴァイロン、本当に『鍵』が勝手に変化したのか」

 挨拶も無く、いきなり確かめるように聞いてくるイーヴァルアイにヴァイロンはうなずいて笑った――ああ、まるで変わらない姿。 亜麻色の髪、水色の瞳、そしてこの声。

「何か悪い兆候なのだろう、イーヴァルアイ。それよりおまえ顔色が悪いぞ、風邪でもひいたのか」

「ちゃんと、命じたのか」

「イーヴァルアイ」

「やってみろ、わたしの目の前で、早くやれ、ヴァイロン」

 まるで噛み合ってない会話にヴァイロンはイーヴァルアイの肩を持って引き寄せる。

「おいっ、イーヴァルアイ、しっかりしろ」

 その声にやっとヴァイロンの瞳に焦点を合わしたイーヴァルアイの瞳が合った途端に逸らされる。

「わたしの死期が近いのではないか」

 自分でも以外なほど冷静でいるヴァイロンが逸らされたイーヴァルアイの顔を両手で包み込むようにして自分に向かせる。

「――そう、なんだな」

 イーヴァルアイは観念したようにこくりとうなずく。

「わたしには、あとどのくらい時間が残されている?」

「ニ、三年というところだ」

 消え入るような細い声。

「そうか、今日、明日ということではないのなら心の準備もできる。本当にその時が近づいたらどうなる?」

「『鍵』は剣から元の鍵の形に変わります。そして新たな王が命じるまで変化しません。『鍵』が元の姿に戻る時、陛下はご逝去されます」

 答えないイーヴァルアイに変わってラドビアスが早口で答える。

「――そうか。自分の体がいつまでも若いせいで歳のことを考えてなかったがわたしも今年で確か八十一になる。いつ死んでもおかしくない歳だったな」

 言ってから目の前のイーヴァルアイをしっかりと抱いた。

「おまえには無理ばかりさせたな、自分が背負うべき罪をおまえに全部負わせていたのを気付いていたのにわたしは逃げていた。自分の闇に目を向けたくないばかりに。許せ、イーヴァルアイ」

「――ヴァイロン」

 言いかけるイーヴァルアイをヴァイロンは止める。

「少し、もう少しだけわたしの話を黙って聞いてくれないか。とても言いにくいことを言うのだから。わたしは初めておまえに会ったときからおまえのことを愛していたのかもしれない。<だけど、おまえは男で。だからそこからもわたしは逃げ出してしまった。遅くなったが――許してくれるか」

「謝るなんてやめろ、ヴァイロン。罪が深いのはわたしの方なのだから。おまえの国が、この島中の国がドリゲルトに蹂躙じゅうりんされたのはわたしのせいだ。わたしがそう仕向けた。自分の身を守るために……この島に強力な結界を張るために」

 イーヴァルアイは大声で一気に言うとヴァイロンから逃れるように身をよじる。

「はっ、驚いたかヴァイロン。だからおまえがわたしに悪いなんて思う必要は何もないんだ、わたしは妖だからな。もともと残虐でずるがしこくておまえを手玉にとって陰で笑っていたんだ。それに……」

「もう、やめろ」

 ヴァイロンはイーヴァルアイを抱く手をわずかに強めた。

「もういいから、おまえは妖なんかじゃない。だから泣くな、泣くのなら声をあげて泣け」

「うるさい、泣くわけがあるか。おまえが何と言おうとわたしは妖なんだ。人間なんてあっという間に死んでしまう、そう思っただけだ」

 ヴァイロンの腕の中でイーヴァルアイは声をあげて泣いた。



「生きている間に度々会いにきてくれ」

「――わからない」

「イーヴァルアイ、会いに来い」

「ラドビアスを暫くサイトスに戻す」

 竜門をくぐるイーヴァルアイの後をラドビアスが追った。

「いいのですか、陛下に言わなくて」

「何をだ」

「わかっていらっしゃるでしょう? あなた様のお体のことです。ヴァイロン様はあなたを男だと思っていらっしゃるんですよ。それで宜しいんですか、本当のことをおっしゃらなくていいんですか」

 狭い竜道の中にイーヴァルアイがラドビアスの頬に放った平手の音が反響する。

「二度とそんな事を言うなよ、わたしは――男だ。ヴァイロンは正しい。おまえはついてくるな、サイトスに残すと言ったはずだ」

「イーヴァルアイ様」

「くどいっ、これでいいと言っているんだ。話は終わりだ」

「――わかりました」



 ラドビアスは来た竜道を引き返していく。 言葉に出していることと心の内は真反対なのだとわかっていても主に逆らうことは出来ない。

 ――主は自分の気持ちに蓋をしても女性になるのが嫌なのだ、というより怖いのか。 バサラ様から受けた仕打ちのせいなのか。 主の体がどちらの性にもなり得ることをヴァイロン様が知ったらどう事が動くのだろう。 それが良い方へ行くのか、悪い方へ転がるのか……。 そして、自分はそれを望んでいるのだろうか。 ラドビアスは深く長い溜息をついた。


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