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喪失

「約束だったはずだ。おまえが選べないのならわたしが決めるが」

「陛下、どういう事です? この者は誰?」

 ルシーダが子どもを両腕に抱えてうずくまる。 彼女はイーヴァルアイの存在を知らないのだ。

 ――わたしは何という馬鹿な約束を交わしたのだろう。 どちらを連れていかれても自分の体の一部をもがれるほうがましだというのに。

「わたしには選べない、どちらも渡せない」

 ヴァイロンはイーヴァルアイに対峙するように子どもとルシーダを背中にして『鍵』を剣に変える。

「契約を反故ほごにするつもりか、ヴァイロン。前にも言ったがわたしは親切でおまえをレイモンドールの王にしたのではない」

 厳しい声の後に続く深い溜息。

「なら、いいことを教えてやる。その剣でわたしを斬れ、ヴァイロン。『鍵』の主はそれを使うことによって契約を無に返すことが出来る」

「おまえを――斬る?」

「そうだ、ヴァイロン。わたしを討て、それで終わりだ」

「御止めください、陛下、それだけは」

 ラドビアスが悲痛な声を上げた。


 ――イーヴァルアイを殺せば契約は終わる。

 無防備に両手を垂らしてヴァイロンの前に立つイーヴァルアイにヴァイロンは剣を振りかざす――これで終わりにする。 が、剣はがくりと下ろされて指輪に戻されてヴァイロンの手に収まった。

「出来るわけがない」


 この四十年あまり、レイモンドールはやっと潤い始めたばかりなのだ。 これを無に返すことなど出来ない。 わたしにはレイモンドールの国土と国民を守る使命があるのだ。 知らぬ内にわたしはなんと大きい質を取られていたことか。

「ではわたしが選んでいいんだな」

 イーヴァルアイが感情の読めない平坦な声で告げると子どもの側による。 ヴァイロンは嫌がるルシーダをただ抱きしめる他なかった。

「すまない、ルシーダ。この魔道師と古い約束を交わしてわたしはこの国の王になったのだ。おまえが生まれるずっと前に……すまない」

 泣き崩れるルシーダを抱きしめながら自分もこのまま壊れそうだとヴァイロンは思った。

「わたしを――殺さないんだな、ヴァイロン」

 イーヴァルアイが左側の子どもを指差すとラドビアスがその子どもを抱き上げる。 次いで、子どもの首にペンダントをかけると自分のローブでくるむようにする。

「これで満足かイーヴァルアイ」

 ヴァイロンがイーヴァルアイを睨むように見上げる。

「――そうだな」

 イーヴァルアイは小さく答えた。

「もう、行け。おまえの顔はもう二度と見たくない」

 ヴァイロンは胸が潰れる思いでイーヴァルアイに別れを告げた。 もう何をしても相容れない二人はどんどん離れていくしかない。

「わかった」

 聞こえないくらい、小さな声。

「陛下、わたしも暫くお暇をいただきます。わたしの後任にはガリオールという者をお付けいたしますので」

 ラドビアスが幼い子どもを抱いたまま頭を下げる。

「――行くのか、おまえも」

 ヴァイロンにうなづいてラドビアスとイーヴァルアイは竜門に消えた。 この四十年間、長く一緒に苦楽をともにした魔道師。 しかし、魔術以外のあらゆることに通じているこの男がヴァイロンにとってどんなに大きな存在だったか。 いやそれだけでなくヴァイロンにとってかけがえのない友だと思っていた。

 最愛の息子との別れ、ラドビアスの離反、それにイーヴァルアイとの決別。 イーヴァルアイに抱いている思いは一言では言えないくらい複雑で。 ヴァイロンにさえ解からない。 愛しくて憎い、守ってやりたい気持ちもあったはず――だが今は全部考えたくない。 大きな喪失感をいだきながらいつまでもヴァイロンは竜門の消えた場所を見ていた。



 あくる朝、ヴァイロンが執務室に入ると宰相の席に見知らぬ男が座っていた。 灰青色のローブを着て、歳の頃は二十代初めくらいか。 血色のいい顔に愛想のいい笑みを浮かべている、茶色の髪、茶色の瞳――の男。

「おまえがラドビアスの後任に就いたガリオールか」

「はい、宰相と王宮付きの魔道師長としてお仕えいたします。よろしくお願いします」

「魔道師としての任もだが宰相の仕事もしっかりやってくれ」

 立ち上がり、深く頭を垂れる男につい、厳しく言ってしまうのはラドビアスへの感傷だろうか。 ラドビアスは宰相の間、ローブを着たことがなかった。 宰相としての仕事を優先していたからか、今になってはわからないが。

「はい、重々肝に命じまして」

 にこりとする男に、あっとヴァイロンは記憶をさぐる。

「おまえ、前に会っていないか」

「はい、十年ほど前にお会いしております、陛下。お菓子を頂きました」

 ――そうだ、ラドビアスを呼びに来た二人の子ども。 あれから十年もたったのか。

「もう、一人いたな」

「はいこの度、主にわたしとルークは竜印を授けて頂き、わたしはサイトスへ。ルークはラドビアス様がお戻りになったので主のお世話からゴートの廟を束ねる廟長となりました」

「今、竜印を持っているのは何人いるのだ?」

「三人ですね」

「それだけか、もっといるかと思っていたが」

 レイモンドールにいる魔道師の人数からいって、もっと竜印を持つものが増えたと思っていたヴァイロンは首を傾げてガリオールを見た。

「十年前に各廟から選抜された者を主が教育なされたのですが残ったのがわたしとルークだけでしたので」

「当初は何人いたのだ?」

「そうですね――二百人近くでしたか」

 ――一体、どんな教育だったんだ。 二百人の内から残ったのが二人だと言うのなら、にこりと笑うこの男も相当な術師ということか。

 ガリオールが着任して大きく変わった事といえば、サイトスの城内に魔道師庁というものが出来て何百人もの魔道師たちが官吏に混じって出仕するようになった。

 初めこそローブ姿の男たちが城内を歩き回るのに他の軍人や貴族が動揺していたが二年、三年と過ぎる内にそれも普通のこととなっていく。

 ガリオールは規律をつくり、魔道師たちを厳しく監理する一方、巧みにサイトスの政庁内に魔道師を組みこんでいく。 魔道師にとってはある意味ラドビアスより能吏であるとも言えた。



 さらに二十年の歳月が過ぎた、短い夏の終わり――ヴァイロンは自分がいつもと違うことに気付いてひやりとしたものを感じた。 が、その異変はすぐに収まり、彼は何事もないように振舞ったため誰にも感づかれることは無かった。


 しかし、その異変は間隔を狭めていきながら度々おこるようになり、ついにヴァイロンは秋が深まったころ、ガリオールに告げた。


 


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