穏やかな幸せ
それから六年後、アステベートは亡くなった。 ヴァイロンにはすぐに妃を迎えるように遺言を残して。
喪が明けると周りは直ぐにも結婚を勧めたがヴァイロンはなかなか決心がつかないでいた。 アステベートが亡くなる暫く前からあれ程嫌がっていた妾妃を持つことを勧めるようになりヴァイロンは面食らっていたが結局持たないできたのだ。 しかし、国務大臣以下大臣級の官吏が毎日のように泣き落としにかかるのに根負けして仕方なく山ほどある書簡を見ることにしたのだが。
「ラドビアス、どれにしたらいいのか、書類見ただけじゃあわからないよ」
「一緒に姿絵も入っていると思いますが」
「それはあてになるのか」
「なりませんね」
大きく溜息をついて椅子にふんぞり返ったヴァイロンにラドビアスが書簡を一つ渡す。
「これは?」
「南のザーリア州の姫です。わたしは良い縁組だと思いますよ」
自信たっぷりに言うラドビアスにヴァイロンは書簡を開いた。
次の年、正式にザーリア州に使者が送られ結婚が決まった。 但し、結婚式は来春になる。 レイモンドールはこれから厳しい季節を迎えるため、慶事は控えられるのだ。
そして春の訪れとともに国中が喜びに沸いた。 美しい王と可憐な王妃の結婚式は復興目覚しい国の更なる喜びの象徴として国民からも祝福されたのである。
政略結婚という味気ない名前からは想像できないほどヴァイロンは穏やかな幸せを感じていた。 結婚とはいいものなのだということを新しい妃は初めて教えてくれた。
「陛下、今日はとてもいい知らせをお持ちしましたのよ」
そう言ってふわりとヴァイロンの腕にとびこんで来る。
「楽しみだな、ルシーダ」
ふふふと笑って見上げる赤毛の妃は花のようだった。 南国の暖かい空気まで連れてきたような娘だなとヴァイロンは笑った。
「陛下のお子がお腹に宿ったのですって。先ほど医者に見てもらいましたの」
「本当に?」
「はい、陛下」
ヴァイロンは自分が親になるのがこんなに嬉しいものだと初めて知った。 その日は政務のことなど何も頭に入らなかった。
それから半年ほど経った頃。
「まだ生まれるには月日があるのに、こんなにお腹が大きくなって動くのもままならないわ」
大きなお腹をさすりながらふーっと大きな息をついて長椅子に座ってルシーダはヴァイロンを見上げる。 ヴァイロンは、執務の手を休めると妃の隣に座り、お腹にそうっと手を置いた。
「あまり歩きまわってはだめだよ。皆が心配しておまえの後をぞろぞろ歩いているそうじゃないか」
それを聞いてころころとルシーダは笑った。
「わたしは大丈夫ですわ、陛下まで後をついてこられそうなお顔をしていましてよ」
「そうしたいな、王が妃のあとをうろうろついて歩くなんて噂がたたないように大人しくしていてくれ」
長いレイモンドールの冬が開けたころ、ヴァイロンは落ち着きなく部屋を歩きまわっていた。
「陛下、落ち着いてください」
「こんなに時間がかかるものなのか」
「さあ、わたしは産んだことがないのでわかりません」
書類の山から頭を上げたラドビアスがしれっと言うとまた書類の山に戻る。 裁可する書類はルシーダ妃の陣痛が始まってからラドビアス一人に任せている。 何にせよ、ヴァイロンが座っていたとしても仕事がはかどるわけはない。
それから執務室の中を何周しただろうか、待ちきれなくなってのぞきに行こうかとヴァイロンが思って足を止めたところに女官長が執務室に走りこんで来た。
「陛下、親王殿下ご誕生でございます」
「生まれたか、それでルシーダは?」
「はい、お疲れになっておられますがお元気ですよ」
女官長の言葉の最後はヴァイロンの耳には入っていなかった。 ヴァイロンが産室に向かって走り出て行ったからだ。
ところが産室に入ろうとすると女官に止められる。
「陛下、恐れながらルシーダ様の陣痛が続いております」
「何?」
「もうお一人、おられるご様子でございます」
女官の言葉に応じるかのように産声が産室に響いてその後に産室の扉が開けられる。
「陛下、どうぞこちらに」
ヴァイロンがルシーダの傍らによると疲れは見えるが晴れ晴れとした顔のルシーダがヴァイロンを見上げた。
「よく頑張ってくれたな、王子を二人も産んでくれてわたしも皆もうれしい」
隣の寝台に寝かされた赤い母親譲りの髪の元気のいい子どもたちを見てヴァイロンの顔が綻んだ。
次の晩秋の頃、双子たちがやっと覚えたよちよち歩きを王の部屋で披露していた時、竜門が開いた。 廟に帰っていたラドビアスが戻ったのだろうと気にも留めなかったヴァイロンに中からラドビアスが現れて告げる。
「主をお連れしました」
続いて姿を現したのは自分が変わらないのと同じ、四十年前と変わらぬ姿の魔道師。
「イーヴァルアイ」
「久しいな、ヴァイロン」
イーヴァルアイは淡々と言うとよたよたと歩く双子を見つめる。
「で、どちらをわたしに渡すのだ」
いきなり虚をつかれてヴァイロンは言葉を失う。




